バロンと世界一周楽団 @ 吉祥寺曼荼羅Ⅱ。
『Cu-Bop』の高橋監督の話に刺激を受け、かつキューバ行きの荷物を減らすため、今日はスチルカメラでの動画撮影に初挑戦。今まで真面目に考えたこともなかったので、外付けマイクもなく、とりあえず内臓マイクでどんなものか、失敗前提で撮ってみることにした。
まずは昼の部にウクレレメイトのロビンちゃんと観戦。申し込むのが激遅で立ち見だったので、軽く静止画を数枚。
そのあとロビンちゃんとコーヒー&駄弁りで時間をつぶす。また色々愚痴ってしまった。すまん。
解散後、一人でアウトドア屋巡りをして機内持ち込み可能のバックパック探し。数軒回ってみたけど、目当てのキャビンゼロ44ℓは残念ながら見当たらず。その代り、モンベル(って読むということを初めて知った。ずっとモントベルなのかと思ってたわ)45ℓというものを発見。値段も重量もキャビンゼロには劣るが、イメージとしてはこれでオッケー。ショルダーストラップのパットが比較的しっかりしていそうで、横にして肩がけも出来るというのになんとなく惹かれる。
なんてことをしていたらすっかりいい時間になっちゃったので再び曼荼羅Ⅱへ。
昼の部の立ちっぱなし、そのあとの歩き回りで腰痛悪化、それにともない気持ちダウン。いわゆるウツ&ヨウツー状態で開場待ちの時間がツライツライ。もう帰ろっかなーもういいかなーっなんてずっと考えてた。
そして開場してから一時間。必死にテンションアップをはかる。我ながらもういーかげんにしてって感じだ。
もちろん始まっちゃうとそれどころでなく、必死。とにかく必死。
ヴィデオカメラの時も、あまり意味がわからず感覚でいじって好みの質感に持って行っているだけなので、スチルでの設定を同程度(少なくとも自分の好みに合わせる程度)にするなんて論外。しかも普段はモニターで(顔から離して)撮っているけど、今度はそうもいかない。静止画でピントが緩いと使い物にならないのでずっとファインダーを覗いている。となると撮れる角度が限られる。ましてや腰痛いし。
更に言うと、ズームなんて夢の夢。あれって、右手でしっかりホールドしてるから左手で回せるのね。でもムービーと違ってスチルカメラって、右手のホールドがどうしても弱くなっちゃう。そこでズームを変えちゃうとあっという間に画面がブレる。
いやいや、これでどうやって動画なんて撮れるの?
実際、『Cu-Bop』では気付いた限りではズームを使っていなかった。
で、帰宅後さっそくずうずうしくも監督に質問してみた。
そしたら、「僕はズーム使いません。キライなので。もっぱら単焦点です。」ぐわーん。
さらに使っていた機種を聞くと、あ、これじゃ無理だね確かに。ってことがしっかりくっきり分かりました。動画には動画用のカメラを使うべきなんだね。
やっぱこれはアレだ。写真を撮るためのキカイなんだわ。
でももう今更カメラを二つ持っていくという選択肢はないので(多分初日で腰が破壊されると思う)、意地でもこの一台で行きます。そもそも動画を誰に見せるわけでもないしな。

とまあそんなわけで、心身ともにボロボロになってそそくさと吉祥寺をあとにしました。
バロンと世界一周楽団のみなさん、実験に使わせてもらってすみませんでした。
ちなみにライヴはサイコーでした。
バロンのソングライティングが、前作より更に深化していっている印象(まだアルバム聴いてないけど)。そしてそれをどこまでも広げていける演奏。ああ、だから世界一周なんだ。
すげえバンドだよ。
それから、八木橋さんがハムバッキングのテレキャスってのにちびりました。実際それが活かされる、というか必然である曲がいくつかあって、そんなところからも、ああ本当に広がっているんだなぁって痛感した次第。

photo (facebook)

(昨日からの続き)
そんなわけで風知空知に来てみた。
開演まで撮影の場所決め(ここで撮るのは初めてなので勝手がわからない)とかで悩んでいると、カズマロさんが声をかけてくれた。そして、楽屋にいたツグオミを連れて来てくれた。
わーお。
30年ぶりっていうのは多分おおげさなんだけど、それでも28年ぶりくらいだろうか。
「最近どうよ?」と言いつつも、空白の時間が長すぎるので、テキトーな近況をベラベラ語り、一番ホットな失恋話などでお茶を濁す。
ツグオミはやっぱりツグオミで、口調や姿勢がまったく高校生の頃のままだった。そんなこと言ったらみんなそうだってことになったりするんだろうけど、いやこの男はホントそう。変わったのは髪型くらい。体型もまったく変わっていなかった。最近僕は「痩せた」とかほざいていたけど、ツグオミに較べたら全然デブになったもんね。ダイエットしなきゃ。

そんなわけで開演。カズマロさんのTHIS BIGは3番手のトリ。
子供の頃もウメーとは思っていたが、こんなにかっこいいギターを弾く人だったのかよ。これはJohn Faheyのそれだよ。しかも電気ギターだぜ。ヤヴァス。
メイベルズの頃から(あまり聴いてないけど)、一筋縄ではいかない、単純要素を排除していくような曲が増えていった中で(あまり聴いてないけど)、それを裏打ちするのがこの演奏力なのねーって勝手に納得して目をハートにして撮影していました。
ちなみにまた昔話をすると、ツグオミの家で(つまりカズマロさんの家で)、カズマロさんの留守中にウインクスのギタリストのギターを触っていたら、そこにちょうど運悪く帰ってきてしまったカズマロさんに「なに勝手に弾いてんだ」と叱られ、それでもそのあと目の前で数曲弾いてジョージ・ハリスンのギターがいかにすごいのかということを教えてくれた。結果すげえ運がいいなぁ、と思った、そんなこともありました。
なので今回はそれが(ジョージじゃなくてジョン・フェイヒィが)超わかりやすく出ている曲のみトトチャンでアップしました。まあ一回目はそれでよかろう、と勝手に判断させていただく。次回から「難解な曲」でいってみようと思う。
できれば、演者と聴く側では求めるものが違うってのは百も承知の上で、いわゆるバンド編成で観てみたいなぁ。ドラムフルセット(今回はキックなし)でベースがいて、なんならもう一人ギターがいたって別に鍵盤がいたってどうしてもというならブラスが加わったって構わないけど、とりあえず3人になるだけでも随分音世界が広がるんだろうなー。なんて思っちゃいましたよ。あとリッケンな。
終演。
ツグオミと連絡先を交換して、今度呑もうやと約束をして、店をあとにする。
まっすぐ帰ろう、と思ったけど思わず駅と逆方向に向かってボデギり、ハルカ姐さんと1時間ほど駄弁って終電間際に全速力で駆け足して帰りました。
あー楽しかった。

5/25、職場で鬱症状が出て苦しんでいる子がいて、その対処等をネットで検索していたのだが、ついでに「鬱の初期症状」みたいなページが出てきて、思わず読んでしまった。
10項目中9項目がきれいに当てはまったわよ。
こういうものは、そのように考えればそう見える、というものだということは百も承知なのだけれど、それを差し引いてもなかなかなもんだなと考え込んでしまった。
でも。
昨日のシモキタで、つぐおみが「あのねトモキ、それはオレはすっげえ良く分かるよ。でもね、命を賭すっていうのはもっとね、今でいうなら憲法を守るとか、そういう、そういうね、そういうところのためにあるものでね、決してそんなことでね、言っちゃあいけないんだよ。まあすっげえ分かるけどね。」とか言っていたのがものすごくすんなりアタマに入ったし、何よりすっげえ嬉しかったので、死ぬもなにも、鬱にだって絶対ならない。だから絶対に病院には行かない。行ったら即日「なれる」と思う。すぐその場で認定してもられるし、すぐクスリもらえるし、それを呑んだらもう完璧だと思うので。
長期休みが欲しくなった時は行くかもしれない。

THIS BIG @ 風知空知/下北沢

僕が自分でバンドなるものを始めるにあたって、間違いなくこの人の存在は大きかった。
ビートルズやビリー・ジョエルやグランド・ファンクやデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズがいかに素晴らしかろうとも、実際に目の前で僕に分かる言葉でかっこいい姿を見せてくれたのはこの人であって、その存在は圧倒的といっても言い過ぎではなかった。
そしてこの人の弟が、偶然にも僕と同い年で同じ高校に通っていたということが、その後の僕の人生を変えてくれたんじゃないか、今になってみると、そう思いたい。

80年代当時の埼玉県上福岡市は、けっこう若いバンドやろうぜ君たちにとって居心地のいい自治体だったんじゃないかと思う。年に何回か市が主催で500名キャパのホールを使わせてくれ、10バンド以上が腕を競っていた。
確か全て、鶴田さんという、市の職員が仕切ってくれていたのだと思う。今40代50代の上福岡市出身の人間は、もっと鶴田さんに感謝していい。この人が当時の上福岡を盛り上げていた一番の功労者なのだから。多分。
で、そんな上福岡市の音楽イベントは、8月の『サマー・コンサート』、10月の『オリジナル・ミュージック・フェスティバル』、そして3月の『ヤング・ロック・フェスティバル』があった(と思う)。10月の『オリフェス』はオリジナル曲限定でドラムなし、おのずとフォークソング主体になり、おじさん中心になる。それに対して3月の『ヤングロック』はその名の通り若造がロックするイベントだった。『サマコン』とどういう棲み分けをしていたのかは、今となってはよくわからない。

僕が初めて、この人の存在を知ったのが中学卒業間近の時の『ヤングロック』。The WinkSという細身の三つ釦スーツに身を包んだ四人組の一員だった。そのいでたちも、彼らが選ぶカバー曲も、そして彼らのオリジナル曲も、もう全てが15歳になりたての僕には衝撃的だった。
「かっこいー」を完全に飛び越えていた。
そこでギターとヴォーカルを担当していたのが吉田カズマロ!だった。見たことのないデザインのリッケンバッカーを弾いていた。ついでに言うと、僕は未だにカズマロさん以外でこのギターを弾いている人を寡聞にして知らない。本当に美しい、僕からすると世界でたった一本のギターだった。
日本人で僕のヒーローになるなんて、沢田研二しかいないと思っていたのに、まさか上福岡にいるだなんて。しかも二つ年上。当時のカズマロさんは高校生だった。

その数日後、僕も無事に高校生になり、隣の教室の1組の中から「カズマロさんの弟」を探しだし仲良くなった。それがツグオミ、のちの坂高一(オンリーワンと言った方が正確かもしれない)のギタリストになる男だ。
音楽の趣味が合ったのはツグオミだけだったけれども、そんなことはどうでもよくてとにかく自分たちでバンドを組みたくて、カシオペアとかが好きなキーボードとベース、なんでも叩けるらしくてヘビメタでもオッケーなドラム、あとなんとなく吹奏楽部で音楽できそうだからサックス2名を加えてバンドを組んだ。それが多分夏ごろ、なのかなぁ。ちなみにテナーサックスのSくんは、今はプロとしてジャズを演奏しているらしいっすよ。やるぅ。
さて、そんな僕らが初めて一緒に人前で演奏したのは1年生の2月頃?曲は『年下の男の子』と『微笑みがえし』だった。これは予餞会、つまり3年生を送る会だったので、一応それに合わせた曲を選んだ(10バンド近く応募して2バンドしか演奏させてもらえない。つまりオーディションを突破するための考え抜かれた選曲だったのだ)。そしてこの2曲に、当時The WinkSが演奏していた『グリーングリーン』を加えた。そして実はオレタチはホンモノなのだからと、バンド名はSgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band にした。もうこのへんが高校生の浅知恵で悲しくなってくるが、もう時効の話だ。

2年生の文化祭、3年生の文化祭で一緒に演った。Elvis Costello (The Loved Ones)、Nick Lowe (Raging Eyes)、Squeeze (Touching Me Touching You, I’ve Returned)、Dire Straits (Twisting By The Pool)、The Clash (Drug Stabbing Time)、Ramones (Rock’n’Roll Radio)、The Jam (Heat Wave, Beat Surrender)。こう思い出してみるとビートルズはやっていなかった。みんなが知らない曲をやるのがかっこいい、みたいな感覚だったのだろう。そんなバンド名だったくせに。
ツグオミは英語も堪能だったので、歌詞がわからない時は(外盤LPしかもっていない場合はもうほぼアウトである。ネットがある今の時代は本当にありがたい)ツグオミに聞き取ってもらい、それでもわからない場合はテキトーに作ってもらった。コードもわからない時はツグオミに聞けばなんとかしてくれた。
ラモーンズもヴェルヴェット・アンダーグラウンドもフォーク・ロックもツグオミに教わった。
ひたすら天才だった。ジェラシーを覚えるほどだった。しかも女の子の好みまでかぶった。そしてことごとく彼女たちはツグオミになびいていった。ひたすらジェラシーだった。
しかしひたすら仲も良かった。しょっちゅう遊んでいたような気がする。ある晩はツグオミが僕の家に遊びに来て、ギターを弾いて喋ってタバコ吸って、帰るのに何故かツグオミの家まで送って、それでも話がつきないから今度はツグオミが僕を家まで送ってくれ、最終的に3往復か4往復していた。お金も遊びにいくところもなかった時代だからこその笑い話だ。
3年生の時は『オリフェス』にツグオミと二人で出た。もう情けないくらいのオリジナル曲を数曲演った。なんとなく覚えているから余計恥ずかしい。

文化祭バンドとは別に、それぞれ別口でバンドを組んでいたので、卒業後しばらくしてから(僕が引っ越したのも大きい)なんとなく疎遠になっていき、連絡も取らなくなってしまった。

あれから30年が経ってしまった。

長くなりすぎてしまった。
続きはまた明日。

マモルさんは本当にエライなーと思うことがある。
この人は(少なくとも僕には)SNSを通じてライヴのお知らせをしてこない。もちろんTwitterやFacebookでの告知はしているけれど、FBのいわゆる「招待」というヤツを送ってこない。メールで一人一人へのお誘いである。一斉送信だとしても、もし一人一人から返信が来ちゃったらそれはなかなかの負担になるはずである。
僕自身は別に誰がFBで誘って来ようが全然かまわないし、それが普通なのだとは思う。しかもリマインダー機能で、イベント日の直前にFBが教えてくれちゃったりするから、とても便利な機能だと僕は思っているけれど、ラクとかわかりやすさとか、マモルさんは全然デジタルに詳しい人なのでそのへんは充分分かりきっているはずなのに、簡単に乗っかったりしないで、自分の言葉で誘いをかける。そのへんは本当にエライなーと思うのだ。本人からの肉声(メールだけど)と、SNSの一機能としてのお誘いという体をとった告知と、どっちが重くてありがたいか、考えるまでもないことだ。

そんなわけで誘われた。マモル&ザ・デイヴィス、ジロキチ。
3月頃からずっと、そしてフラれてからは更に大きな僕のテーマソングになっていた『恋は何色?』。いざないメールに返信して「この曲演ってください」と頼んでみた。自宅でCDをかけまくり号泣しまくりの日々だったが、このタイミングでライヴがあるんだったらナマで体感してみたいぢゃないか。
ここでもし「無理」とか「検討する」だったら、行かずに自宅の部屋の電気を消して体育座りしながらCDを聴いてるつもりだったけど、返事が「わかったよ」だったので、ちょっとドキドキしながら今日は高円寺まで来てしまったというわけだ。

さて『恋は何色?』。これは本当に珠玉の名曲で、コード進行やメロディーもさることながら、歌詞を聴いて、あふれでる涙を抑えることはほぼ不可能といってもいい。
曲の歌い出し、

俺にがんばる理由ができた そうさ好きな娘ができた

これだけですべてを言い表している。もうはっきり言ってこれで終わりにしてくれてもいい。
しかしサビがまた恐ろしい。

君のことばかり考えて夜が明けた
うまくいくさ 今度こそは 安心なんかできねえぞ

(2008 ワタナベマモル)

うまくいくってさ。今度こそは大丈夫だってさ。でも、安心できないんだってさ。うわー。
10年ほど前に初めて聴いた時もぶっ飛んだけど、その感覚が今も生き続けていて、さらにリアル体験として(泣笑)僕のハートをわしづかみしているのだ。
そうなの、ホントそうなの。ずっとこの一節をこの数か月思ってたの。うわーマモさん。
何日か前に、ウクレレでこの曲のコードを取ってたんだけど、答え合わせもしてもらいました。しかも合ってました。イエーイ。

そんなわけで今日はツルちゃんにも声をかけて、ひっさびっさの再会を祝うことができた。
彼女は僕がこの曲にしびれまくっていた当時、よく一緒にマモルさんのライヴを観ていたいわば同胞。せっかくこの曲を演ってくれるんだから(7年ぶりくらいらしい)、どうせならツルちゃんと共有したかったのだ。
終演後にグダグダを聞いてもらって、最近の堕落しまくった生活を懺悔させてもらって、ありがたい言葉をいただきました。
「トットちゃん、部屋の乱れは心の乱れって言うからね。」。
ああ、これだ。まさにこれ。今オレに必要なのは部屋の掃除だ。うわーツルちゃん。

みんなありがとう。しっかり死ぬまで生きるよ。

いやしかし、やっぱ恋っていいよなーっ。

シモキタの路上でワダマンボとアンディーを鑑賞&激写。
ピカントで取り置きを頼んであったキューバのなんとかって人の昔のLPを受け取る。
コーヒーを買う。
エビスでキューバの写真展があるというので行ってみる。
まあキューバなので気持ち良くなるに決まっている。想像していたよりは遥かに楽しめた。
自宅の近所のネパールカレー屋ががんばって開いた2号店がエビスにあるのでそこで食事。「いくいく」とか言ってた割にもう1年くらい経ってしまっていたみたい。どうもすみません。美味しかった。
サンチャで赤い夕陽。共演は懐かしのジャビーさんだった。もう一バンドは知らないけど中を覗いて顔を確かめたら全員知っている顔だった。江村さんとジャスミンさんとエッチャンとムーさんだった。いわゆるスーパーバンドってヤツだね。本日デビューライヴだそうです。むろん3組とも激写。
超がつくほど酔っぱらってしまった。もう酒はやめます。

毎年恒例のジャグフェス。
飯山ガキデカジャグストンパーズ、ユウグレ・ウォータールー・ジャグ・バンド、マッド・ワーズ、バロン、ジャムポット。

新宿紅布に。セットリストをいただいてきてそれをそのまま写しているので本当のタイトルとは違うかも。

Yellow Dogs

  1. What’d I Say
  2. Lucille
  3. I’m Gonna Sit Right Down And Cry
  4. Leave My Kitten Alone
  5. Hully Gully
  6. Mr. Moonlight
  7. I Saw Her Standing There
  8. Little Queenie
  9. Keep Your Hands Off My Baby
  10. Lonesome Tears In My Eyes
  11. Everybody’s Trying To Be My Baby
  12. Sweet Little Sixteen
  13. Some Other Guy
  14. Matchbox
  15. Red Hot ..
  16. Long Tall Sally

夜のストレンジャーズ

  1. サムクックで踊ろう
  2. ヤング&ヒッピー
  3. ブギーウォーク
  4. Boom Boom
  5. ポニーボーイ
  6. I Love R&R
  7. レディーバード
  8. 遠い帰り道
  9. ウォーキンブルース
  10. ナンシーウィスキー
  11. Big Fat Saturday Night
  12. Back To The R&R World
  13. 俺が便所に行ってる間に

Fave Raves

  1. Take Care ..
  2. Got To Find A Way
  3. Road of Love
  4. Woman, Hang …
  5. Hold On
  6. When Something ..
  7. Soul Man
  8. Try A little Tenderness

寝違えた。姿勢がおかしかったのは認める、にしてもこの仕打ちは酷い。右の肩甲骨周辺の大激痛で目が覚める。
ヤヴァイ今日は撮影なんだから!とストレッチをしたら悪化した。もうバカかと。
昼前、Dog Ear Guitarsから電話。弦高が高すぎでナットとサドル、それから1弦側が欠けちゃったのでブリッヂの修理をお願いしていた60sのStyle3があがったとのこと。
急いで支度して一路、永福町へ。
ここはred clothのイカリさんに紹介で40sのオーバーラッカーをお願いして、その時から贔屓にさせてもらっている工房。ま、まだ2回目だけどね!
仕上がりとしては、ブリッヂは申し分なし。どういじったのかよくわからないくらいです。弦高はだいぶ下がって弾きやすくなったんだけど、もう一声いってもいいかな〜っていう微妙なところ。店主の鈴木さんによると、もうちょいいけるんだけど、テンションが弱くなっちゃうかもしれないからここまでにしといた、とのこと。しばらく弾いてみて更に下げたいならまた連絡ちょーだいってことでした。
まずは帰って弾き較べだね。40sと較べると間違いなく高いんだけど、あっちはそもそも低すぎるのかもしれないと思わないでもないくらいなので、ちょっと悩んじゃいます。
===
それから中目黒の楽屋(らくや)でライヴ。撮影。
今日は4月のジャグフェスでクニオさん(東京ローカル・ホンク)に紹介してもらったサニーのバンド、サンダル・ソウル。サニーは武蔵小山に住んでて別口ユニットでアゲインにも月イチで出てるんだよね。でもナマで観るのは初めて。
急遽決まったワンマン(しかも初)らしいけど、しっかり満員御礼でした。さすがです。撮影位置も決め、旦那様の淳さんにも挨拶させていただき、ビールを呑み、煙草を吸い、開演を待つ。なんとなく口がさみしいのでツマミをいただいたら腹いっぱいになってしまって、しょうがなしにまた煙草を吸う。そんなことを1時間で3回ほど繰り返す。
そしていよいよ演奏スタート。YouTubeで何度か観ていたので分かってはいたんだけど、いやー本格派シンガーでびっくりしたわ〜。しかもギターも弾くしピアノも弾くのねサニー。芸達者すぎる。そしてなにより、始まる前になんとなく想像していたイメージに較べて数倍気持ちよくって嬉しかったのです(と話したらサニーに「エロい」と言われました)。
それからピアノのサーカス田中さん、ステキでした。演奏もかっこいいし、なにより弾いている時の顔がいい。軽く惚れた。

Sandal Soul @ 楽屋
= 1st stage =
01. くらやみからうまれるうた (Sunny piano solo)
02. I Can’t Wait (with サーカス田中 piano)
03. Yes (〃)
04. 雨音 (〃)
05. オリバー (〃)
06. ひこうきぐも (〃)
07. 小さな世界 (〃)
= 2nd stage =
08. 環状七号線 (Sunny guitar solo)
09. FLOW (〃)
10. リフト (Sunny piano with 中川淳 guitar 井田直樹 bass 谷内啓樹 drums)
11. RIDE (〃)
12. オードリー (〃)
13. LOOP (with サーカス田中 piano 中川淳 guitar 井田直樹 bass 谷内啓樹 drums)
14. Like A Sunny (〃)
= encore =
15. 小さな世界 (〃)

撮影中はあまり感じなかった(椅子だしね)けど、終わったら一気に背中の痛みが復活してきたのでまっすぐ帰宅して静かにしていました。ウクレレちょっとは弾いたけど。
tags : sandalsoul sunny worthless raku-ya tot-channel ukulele

夕方、Dog Ear Guitarsへ。60s Style3の調整をお願いする。一緒に持って行った40sの3弦のビビリを相談すると、その場で直してくれちゃった。ってか弦を一回外して反対に(ヘッド側についていた方をブリッヂにかけて)張り直して、即解決。「理由は僕もよくわかんないんですけど、こういうことけっこうあるんですよねぇ」だって。カンドーしちゃった。
そのあと渋谷へ。
ブリカマ!サラヴァ東京!新作!
tags : buricama saravahtokyo tot-channel ukulele

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