仕事納め。といっても部署で一人だけの出勤かつ実働30分程度の用事なのでテキトーなテンション。
そのままテキトーに昼であがって、浦和で大熊一夫さんの講演会。
1月のアムネスティーの映画祭で観た、イタリアの精神病院事情に関する作品(フィクションだけど)に感銘を受けて、その時受付で買った本が大熊さんの『精神病院・捨てたイタリア捨てない日本』。これまた感銘を受けて、そのまま忘れてしまっていたのだけど、数日前にネットで偶然ひっかかってあの時の感銘をもう一度、と馳せ参じた次第。
話はもちろん面白く興味深く、そして相当根深い問題だということを最確認。どんな問題でもそうだろうけど、まずは意識共有しかないよね。
大熊さんって人は、実は相当キャラがいけてる人だということが判明。好きだよこういうおじさん。
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先日の松元ヒロのライヴで知り合った飯沼ママにまた会ってしまった。今日も主催の人だったみたい。
二部の質疑応答の時、うしろで二人でゴニョゴニョ雑談していて、実は我が父親と知り合い(というのか顔見知りというのかよくわからんが)だったことが判明して仰天。縁ってスゴイや。
仕事中、イカリさんから電話。
愛知県から15歳のロック少年、風太くんが熱い思いを抱え、新幹線で東京に向かっているとのこと。目的はそう、野音と国会議事堂だ。熱い!熱すぎるぜ!
野音で待ち合わせして、イカリさんは仕事に、僕と風太2人で議事堂に向かおうということになった。
しかしこっちの仕事の流れが悪い。露骨に悪い。結局野音に着いたのが開演15分前。そしてやっぱり、僕は入場制限で中に入れなかった。しかもイカリさん電話が繋がらない。しょうがないから中から響いてくる雄叫びを聞きながら日比谷公園をプラプラして時間をつぶす。そしてようやく19時くらいになってイカリさんから電話。「ごめん充電切れちゃって今店なんだよねー」おいおいおい。「風太は一人でダイジョブみたいだから」おいおいおいおい。
んなわけでなんとなく緩い気持ちのまま国会まで歩く。参院会館前はやっぱり盛り上がっていてここでもいいかなと思ったけど、めんどくさいエピソードも記憶に新しいのでやっぱり国会まで歩く。
そして国会はやっぱり熱かった。みんなガンガン叫んでます。一番ノリがいいのは「ファシスト消えろ」とか「自由を守れ」とか短いセンテンス。でもこれがなかなか採用されない。「秘密保護法絶対廃案」とか「自民党は恥をしれ」とか長めの方が主流。コーラーもその方が疲れないのかな。「ファシスト消えろ」とか短い言葉を1時間叫び続ける方が相当な一体感効果が得られると思うのだが。
脱線。南妙法蓮華経を大人数で延々と繰り返していると、あるところからグググっとリズムが合ってきて、しまいに全ての声がピッタリ一つに重なったりする。これが恐らく題目効果というヤツで、実際確かに気持ちがいい。賛美歌でもゴスペルでも多分神と触れ合えたかのような、そんな素敵な錯覚(と言っては失礼なのかもしれんが)を起こさせてくれると思う。ここで宗教ネタはよろしくないかもしれないけれど(実際「公明党は恥をしれ」とか叫んだしね)、みんなで声を合わせて、という前提がある以上、そういう演出はあって損するものでもないだろう。ましてやコーラーが微妙に言葉を変えたりする(「秘密保護法絶対反対」「秘密保護法いますぐ廃案」「秘密保護法絶対廃案」)のはその都度追っかける方は脳みそをクリアにしなくてはいけないからほんの少しだけ、第一声が遅れるというか弱くなる。これだと気が抜けない。正確な言葉を発することや、回りと合わせることにエネルギーを注いでしまって、一番使いたい怒りとか抵抗とか抗議といった方向に集中できない。街を練り歩くデモ行進ならともかく、定点で声のみの抗議となると、一体感やリズムは一番大事なのではないかな。何の為の抗議かなんて誰だって分かるんだから。別の狙いがあってああいうコールだったのかもしれないけど。
とまあそんなわけで抗議が続く中、今日も議員達が挨拶にやってくる。昨日今日で4人程度の挨拶を聞いたけれど、唯一まともだなと思ったのが山本太郎さん。彼だけが、ここにいる我々が充分分かってはいるけどもしかしたら勘違いしちゃううかもしれない、危ないポイントを突いてくれた。つまり、この法案は間違いなく今日明日中に可決されるということ。でも可決されたから終わりではないということ。そこで絶望している暇なんかどこにもないということ。ここからが始まりになるということ。だから声を上げ続けなければならないということ。僕の知っている限りでは、ここまではっきり言ってくれたのは彼だけ。「皆さんと一緒にがんばります」とか「絶対廃案にしなくちゃいけない」なんて台詞はこの場では何の役にも立たない。彼が選ばれた理由はきっとここにあるのだろう。市民派というより市民のまんま。それでいいと思う。僕は入れなかったんだけどね。
21時だか22時だか、逮捕者が(多分)一人出る。カラコンを倒し前ににじり寄る我々テロリスト。そしてなだめる主催者。分かんなくはないけど、やっぱり変な絵だ。このあとも抗議を続ける為に下がろう。分かんなくはないけど。そりゃ逮捕なんかされたかないけど。リミッターをかける抗議。熱くなりすぎないよう抑制する抗議。だから一体感なんかヘタに感じない方がいいのかな?暴動を求めるわけでもないけれど。れど。れど。
採決に入ったとの知らせ。国会内の音声を中継で流す。1000人以上の人が寒空の下、沈黙しながらスピーカーに耳を傾け、議長が議員の名前を一人一人読み上げるのを、聞く。ただただ聞く。聞く。
終電間近に可決させたってのはこれもあちらの戦法?だとしたら見事だね。僕を含め、相当数の人達が帰途についたと思う。勿論残り続けた人達もいっぱいいたんだろうけど、あのまま採決に入らなかったらもしかしたら、なんてこともあったかもしれない。
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紅布では風太と、単独別口で参加していた杉田くんが待っていてくれた(別に待ってたわけでもないんだろうけど)。風太がわざわざ駆けつけたことに対する喜びと申し訳なさと、国家前での色々な思いと、そして勿論体の疲労が手伝って、散々騒いでイカリさんと杉田くんに絡みまくった(と思う)。風太はほぼ寝落ちしていた。みんなかわいそうに。ほとんどこれは老害の域に達している(と自信を持って思う)。杉田くんは明日朝から仕事だってのに。本当にかわいそうに。今度会ったら3杯くらい奢ろうと思ってる(今のところ)。キクチさんもゆうたろうもこのあと片付けがあるってのに。今度会ったらタバコ3本くらいプレゼントしようと思う(向こうが望むなら)。
そのあと風太を叩き起こし、イカリさんと三人でサウナへ。久々だわー。英語だとソウナっていうんだよねソウナ。全然通じないもんね。そして更に不味いラーメンと餃子で時間をつぶし、ぐったり消化不良、でもみんなに迷惑かけまくってすっきりして朝帰り。
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なんか一気に今晩決められてしまうかも、という不穏な空気が流れ、いてもたってもいられなくなり、ちゃっちゃと仕事を昼上がり。ちょうどお偉方が午前中に出かけて直帰となっていたので、これ幸い。
14時頃、国会前に到着。もう既に数百人の人達がタイコビートに合わせてシュプレヒコール中。なかなかこのリズム、馴染めないんだけど、今日はがんばってみる。
うしろの方だとリズムも狂っちゃって声もまばらになるので余計辛い。しょうがないので先頭集団に紛れ込ませてもらう。すると一番前では制服を着た高校生たちが声を張りあげていた。ありがとうねとごめんなさいねの交錯した思いで、なんだか自然と声も出て来た。
口を大きく開くのをここ数年は意識して抑えてきたのだが、やっぱり数十分で顎がガーーーっン!てなっちゃった。さすがこの額関節症はホンモノだぜ。数時間で膝と腰が痛くなる。どこまでヤワなジジイなんだ。でも先頭の彼等彼女等の凛々しい後姿が目に入ると、とてもじゃないが離脱出来ない。
暗くなったら帰ろうと思っていたのだけど、結局22時までいた。途中でコンビニ休憩を取ったので実質7時間くらいか。・・・ってことは普段の仕事の日よりがんばってたぞオイ。でも先頭集団のあの子たちはきっと13時くらいからいたに違いない。そして22時までいたもん。ありがとう。ごめんなさい。
途中、参議院会館の方にも行ってみた。ちょうど野党(反対派)議員が出てきて中の状況説明を始めたのでそばまで寄ろうとしたんだけど人がいっぱいで大混乱。志位さんはちょっとしたスターで、声援もすさまじい。なんてことに感心してたら良く内容が聞き取れないまま終わってしまって、みんなぞろぞろ引き上げてしまった。
空いて来たのでどんどん進んでいくと、主催者?の人が向かい(つまり国会側)の議員面会所?らしきところで細かい説明が聞けるよ的なアナウンスをしていた、と思う。少なくとも僕の回り20名くらいはそのように解釈をして、じゃあ行ってみよう、ということに(みんなバラバラにね)なり、横断歩道を渡って入り口の方に・・・向かった瞬間に警官がどどどどーっと寄って来て道を塞ぐ。
そこからが大変。たまたま集団の先頭に居てしまった僕は完全挟み撃ち状態。無表情で会話を成立させようとしないポリと、真っ当な抗議を続ける市民。オーノー!多分15分くらい押し問答してたんじゃなかろうか。なんだか先頭にいるもんだし、「あ、無理っすね。」なんてUターンするのもなんだし、かといって埒があかないのは状況からいって瞬間的に理解出来るし、やっぱり不条理だと思うしでも正直めんどくせーし。僕の真後ろにいた2名の抗議がスゴイ。だから応援したい。でもポリの相手やっぱりめんどくせーし。
(多分15分くらい)押し問答をしていたら、向こう側(ポリ側)から主催者の一人がやって来て、そういうアナウンスはしていないはずだ、との説明がある。その時既に数は減っていたけど(ずるいよ!涙)、必死の抗議を続けていたテロリスト達がそれで黙ってるわけもなく、今度は主催者とパンピーテロリストがケンカを始め、そこに穏健派テロリストと鉄仮面ポリが止めに入るという、なんだかよく分からないドリフみたいな展開になっていた。まあ面白かったからいいけど。
騒がしさでいうなら国会議事堂前(単独参加者多し)の方が上だと思うけど、いやいや参院会館前(団体参加者多し)の方が明らかにアツかったね。
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この抗議活動は、決してすぐにいい結果が得られるようなものではないし、「勝ち負け」というレベルで考えるなら、もちろん「負け」が既に確定している抗議になる。だからそれを根拠に「あいつら何やってんねん」という批判も目にしないわけでもない。でもね、イヤなもんはイヤだ、て言うのと言わないのとでは絶対違うと思う。何が怖いかって、イヤだと思いながら違和感を覚えながら黙って我慢して見届けることに体が慣れてしまうこと。「しょうがない」ってことを平気で口にしてしまうようになること。
でもそういう人は大抵(少なくとも僕自身の経験や僕の回りを見ている限り)、実はあんまり実情をしらない。少なくとも情報が相当弱い。
ただの義務感であっても投票に行った人と、なんだかんだと理由を付けて行かなかった人では、圧倒的に各党の政策の違いや色んな法案に対しての(自分の言葉で語れる)知識(の量というより質)が違う。これは実際に体を動かすという行動が意識レベルで相当強い影響を持つってことなんじゃないかと勝手に思ってる。行動を起こした以上はその行為に正当性を担保したいということでもあるのだろう。だから情報量としては、先日の弁護士達の街頭演説の時の方が圧倒的に高い(今日は実質ゼロ)けれど、今日の行動によって(ただ突っ立って声出してただけ)あの時に得た(結構忘れてるけどね)知識が、より僕の体内で生きてきているような気がする。
だから、多少回りから煙たがられるくらいはしょうがないのかなという気分。ニッポンの未来の子供たちの為とか、そんな立派な理由よりも、根本の動機としては、自分がもっとまともな人間になる為に取り続けていかなきゃいけない立ち位置なんだと思う。
上手くいけば施行まで1年近くかかるだろうし、運が良ければ3年後の選挙まで致命的なダメージを受けず(今現在相当な致命傷だと思うけど)に持ちこたえられるかもしれない。だから最低でもその時まで、はっきりとした意思表示を続けていかないと、きっと気付いた時には居眠りしている最中に首くくられてるようなことになってしまうだろう。
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帰り、紅布に寄ってイカリさんやキクチさんとグダグダ話。突き詰めれば突き詰めるほど、理想は違うし政治的スタンスも違う。でも考えが違ったって「おれはこうおもうんだよね」ということを言えるし、そしてそれをちゃんと最後まで聞ける。こういう環境が、一番大事なんじゃないのかな。ありがたいお店だよ。
だから、イヤなことはイヤって、ちゃんと言っていこう。なんてことをホロ酔い気分で思いましたよ。
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午後から新宿西口へ。
日弁連の要職の人達の街頭演説会、テーマはもちろん秘密保護法。
いやぁ、行って良かったわ。色々(忘れちゃったけど)勉強になるし、危機感も高まる。基本的な流れで行くとこのまま参議院もゴリ押し採決、ということになるんだろうけど、黙って見てるのと文句言い続けるのとじゃ圧倒的に後者がいい。
12/2夜と12/4昼の官邸前は行けないけど、12/6の野音は行ってきます。
ニッポン崩壊前夜、我々はどこまでジタバタ出来るのでしょうか。
ラジオデイズのトークショー。『ライヴ・9条どうでしょう』。内田樹・小田嶋隆・町山智浩・平川克美。
まあ面白かったんだけど、ちょっとまとまんなくなっちゃったかな。そこがおもしろいんだろうけど。
途中、聞き違いかもしれないけど、平川さんが自民党草案を指して、「国民投票の投票数の半数にするなんてひどいよね」とか言ってたような。今もそうだよね。有効投票数?の半分でキマリ。だからこそ、なんかのゴタゴタの時にしれっと発議なんかされちゃった日にゃ、案外国民投票も通っちゃうかもしれない。やっぱり国会の三分の二ってのは絶対的に大事な話だ。町山さんの「本当は国民投票も三分の二にしたい」という意見には大賛成。実際にそれを変える(つまり憲法改定しちゃう)のは怖いけど。
改憲派の人達が「自立して自前の憲法を」という割りに対米従属路線を突き進んでいて矛盾している、という話。ここはなんとなく違和感。ケンカに大負けしていじめられまくった(という自覚のある)人間からしてみれば、日米安保というヤツは、「対等である為の」何物にも勝る条約だったように感じる。少なくともそう言い張ることが出来ると信じられるものだったのではないか。外からみたら大いなる矛盾であっても、当人からすればそこにしがみついて正当性を信じていかないことには精神が破綻しちゃう。そんな心境だったのではなかろうか、と。きっとあの当時の日本からすると、「あの」アメリカと協力体制を取れるくらい「自立」した、そんな気分だったのではないでしょうか。
内田さんは、改憲は参院選の争点にはならない、と大胆予測。え〜っとか思ったけど、当たってほしいなぁ。
小田嶋さんが、憲法学者から聞いた話で云々・・・なんかとても面白い話だったんだけど忘れちゃった。
文京シビックホール、床がギシギシ鳴りすぎてイヤでした。
マガ9学校
アムネスティー・フィルム・フェスティバル初日。
アンダース・オステルガルド 『ビルマVJ/消された革命』(2008/デンマーク)
在日朝鮮映画人集団 『朝鮮の子』(1954/日本)
フェルナン・メルガル 『要塞』(2008/スイス)
アトゥル・イナッチ 『闇への一歩』(2009/イラク、トルコ)
一昨年に続いて2回目の参加だけれど、あの時とまったく同じように入場時の段取りは悪すぎ。「前売/取置/当日」3種類の列を作りたいようなのだけれど、何の看板もなし案内もなし。チケットには整理番号が付いているけれどまったく関係なし。会場にやってくる一人一人が「どうすりゃいいの」とスタッフに聞いている。「当日券の方はアチラにお並び下さーい!」って一生懸命やってるのは分かるけど、アチラって、そのグダグダになってる塊?ちなみに僕は前売で、「ここでお待ち下さい」と非常に中途半端なピンポイントに立たされ、そのあとからやってくる前売の人達がどんどん僕の前に列を作っていくという間抜けな役割を演じた。そもそもどこが列の先頭ポイントになるのか、スタッフさえも曖昧な状況。なんだかなぁ。取置はさっさと開場前に交換してあげて、前売の列に整理番号順に並ばせてしまえばいいのに。時間に余裕があれば当日券だってそうすればいい。案外番号さえ貰ってしまえば、お客は勝手に自治をするもんだ。あっちこっちで質問や指示が飛び交っている状況って、並んでいて本当に気持ちが悪い。頼むから一番シンプルで仕切りやすい形をちゃんと模索してくれ。
というわけで今年も一番後ろの席で鑑賞。のんびり気分で極楽であった。こんなに空席だらけで大丈夫なのかね。もっと小さい会場でもいいと思うのだけれど。
『ビルマVJ』でちょっと失敗だったのがスクリーンが小さくって字幕が読めない・・・。結構面白い作品ではあったけれど、そこだけ残念。あまり詳しくないので、文字情報も大事にしたかったのだが。
『朝鮮の子』は、今回一番観てみたかった作品なので、前のめりで臨んだのだが、残念ながらまったく面白くなかった。子供といったって、当然撮っているのは大人。だから大人の視点で全然良かった。そこをわざわざ子供の切り口っぽいところを強調するから、ほら言わんこっちゃ無いヘタクソなプロパガンダになっちゃう。まあ、昔の作品ですからね、それが通用したのかもしれないけれど。ただ、ドキュメンタリーは素材と編集が命なはずなのに、そのどちらも貧弱。言ってることがどうであれ、その言い方が面白くなくっちゃ、ただの教育番組になってしまう。今となっては貴重な資料なんだろうけど、でも、なんだかね。ちなみに今回の映画祭で、唯一、上映後に拍手が起きた作品でもあった。僕の中ではダントツにつまらない作品でもあった。
更にちなみに次の『要塞』が今回一番面白かった(つまり素材と編集が上手く噛み合った)作品。よくこんな絵が撮れたね。被写体とカメラの間にある信頼関係がこういう空気を作ってくれるんだろうねきっと多分。これはスイスにやって来た難民申請者と、その人達の為の(国営!)簡易宿泊所のスタッフ達のお話。
『闇への一歩』はまあまあのドラマ。ほとんど構成は『仁義なき戦い』に近い。で、最後の最後は韓流、と思いきやヨーロッパ映画、みたいな。全部ハズレです。イラクトルコです。
終わった時は予想通りヘトヘト。まあスタッフもお疲れ様でした。
ここは新橋というわけで、銀座に青山京子と大橋幸の展示を観に行く。とってもちっちゃいケースの中での展示だったのがちと残念。もっといっぱいいっぱい観たかったのに。まあタダだしね。
リコ・ロドリゲスとトルコだかなんだかの料理を食べ、ベリーダンスを堪能(?)し、解散。その後レッドクロスでガンちゃんとかサンナンとかアベジュリーとかトクちゃんとかスエちゃんとかの撮影会。編集なしでそのままテープをあげる。だから出来は不明。いいのかこれで?
2日目。昨日はTBSのカメラが入っていたのに、今日は来ていない。お客も少ない。免田&森対談の威力がここまであろうとは。たった30分だったのにさ。
さて初っ端は大阪のホームレスを取材した『関西公園−パブリックブルー』(2007)。絶対面白くなる素材なのだから、もちろんそれなりに見応えはあったのだけれども、今イチ作りが変。対象は外国人なのだろう。時折入る解説は全て英語で日本語字幕が入る。ホームレスの人にインタビューすると、(当然)日本語でのやり取りだが、そのあと沈黙が流れて英語で通訳が入る。結果的に、間が悪い。以前、アメリカでは外国語映画は徹底的にウケが悪い、という話を聞いたことがあるけれども、やっぱりそういうことなのかな。字幕を読むのに慣れていない人達に合わせるにはこういうやり方しかなかったのかな。
続いてスペインの『サルバドールの朝』(2006)。これは事実に基づいた、あくまで劇映画。これが面白かった!現在のスペインでは死刑は廃止されているけど、これは74年のお話。廃止される4年前だったらしい。ドキュメンタリーじゃないので、当然あんなシーンもこんなシーンもあるわけで、昨日と今日の流れの中で考えると非常に分かりやすい。しかし日本やハリウッドだったらあそこまでじっくりたっぷり処刑シーンを引っ張らないだろうなぁ。あまりに原始的すぎてキツかった。細かいツッコミ所はいくつかあり、看守との絡みが唐突で物足りなかったり、2発ほどの疑惑が残る銃弾の出所とか、裁判の過程が淡白すぎたり。昨日の話じゃないけど、じゃあ「冤罪」とまでは言い切れない彼が、死刑になるのは裁判での不備によるものなのか、そもそも死刑制度自体に問題があるのか。いやいや死刑制度というものが、余りに政治的(感情的)に利用されやすい状況に置かれているということこそが問題なのか。色々考えたくなるような、そんな作り。
かの有名なグアンタナモ収容所の看守達のインタビューで構成される『スタンダード・オペレイティング・プロシージャー』(2008)。話の中心に置かれる、多分誰も知っているメガネの看守は一切登場しない。何故かと言うと今服役中。そこがちと残念。彼の話を聞いてみたかった。多分誰もが知っているくわえタバコでイラク人の股間を指差している女性看守がいうところによると、そのメガネ男にそそのかされて(つまりデキちゃって)彼の言うことだったら何でも聞いちゃう精神状態だったのよね、とのこと。で結局彼は違う女性看守と結婚しちゃうんだけど。
まあみんな今となっては何とでも言えるよね、と感じるのは人情だろう。「証拠」として写真を撮り続け、外部の”妻”に手紙で内情を訴え続けた女性看守の話もイマイチ深くは頷けない。実際ピースサインで彼女も写っているし、「笑っちゃうわよね」なんて文面も残っているし。
問題は、よく指摘される通り、現場の彼等のみが罪に問われて、その後は何もなしになっちゃったことだし、僕等自身がその場に居合わせて彼等と同じ立場になった時にどう振舞えるのか、ということ。あの状況で反旗を翻すことは確かにある意味命がけ。上官達は皆黙認だったわけで。
最後に弁護士だったか調査官だったかが、数々の証拠写真を一枚一枚見て、「これは犯罪行為」「これは・・・許容範囲」と格付けしていく。常人の感覚で見て、あまりにその基準がおかしくて恐ろしくなった。僕等が「これはヒドイ!」と思っている写真が次々と「通常取り扱い行動」として無問題扱いとなっていく中、「一般の人には理解し難いかもしれないけどね」と肩をすくめてみせる。
戦争(しかも今回は勝手にアメリカがしかけたくせに)状態にある時、人は間違いなくキチガイになるんだなと思った。
ここでブラジルだったかの民族音楽?を紹介。次の映画にかけているつもりなんだろうけど、まったく必然性を感じられなかった。しょうがないので1曲だけ聴いて(一応好みに合うかどうか確かめてみた)あとはロビーで寝てた。ショックだったのは、みんなそうするのだろうと思っていたら最後まで誰も出てこなかったということ。みんな、忍耐強いのだ。
さて最後は『ヴィットリオ広場のオーケストラ』。これも、実に素晴らしい作品。一体どういう台本を持って進めたんだろうか。ナレーションもほとんどなく、出演者達の会話を中心にぐんぐんと「物語」が進んでいく。インタビューでもなく会話なのだ。これまたホントによくこの瞬間が撮れましたねといいたくなるほど絵として美味しい。多国籍多民族のオーケストラを作る!という個人のふとした閃きの段階からメンバーを集めて実際にライヴを行うまでの5年間?よくぞ続けた。アッパレである。金がない、とオーケストラの面々からいくらかずつ徴収しているのを無言で撮り続けるカメラ。一体このフィルム代はどこから出てるんだろうか。
エンドクレジットで、オーケストラの全メンバーが写真と名前で登場するが、そこにはパートは一切書いていない。名前と、出身国だけである。いいね、これがいいね。音楽映画じゃないんだしね。
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昨日も今日も感じたけど、特に最後は音楽を扱う映画だったので酷だったのが音響の悪さ。右のスピーカーが一瞬のタイムラグがあってから音が出るので常に音がぶれっぱなし。これにはイラつかされた。
ロビーのブースももうちょっと充実してるんかしら、と期待したのだが。気に入った映画に関係する書籍を読んでみる、映画をキッカケにそっち方面の勉強してみる、なんて期待があったのだが。角岡伸彦の『ホルモン奉行』とか、結構いい線いくんじゃないかと思うけど。どこぞの国のお茶とか出すよか全然有意義じゃないでしょうか。サルバドールにしても、何かしらの本はあるはずなんだけど。
チケットに関してはロビーも全て有効にしてもらいたかった。ちょっとトイレとかちょっとジュースの時でもイチイチ半券見せなきゃいけないってどーよ?
二日通し券の人には二日目はプログラムくれないのね。まあいいけどさ。でもそれでいて帰る時に目をウルウルさせながら「アンケートに御協力お願いします!」って言われたってさ。ないんだよそもそも。
・・・まあそんなところかな。ちなみに充分すぎるほど楽しかった。20年前のディズニー映画祭の全回入れ替え制に較べればチョーが付くくらいラクだったし。積極的に来年も来たいです期待です。がんばってねアムネスティ。