今日、ウン十年ぶりに『Ding Dong』というか『Dark Horse』を聴いた。いやこりゃ聴けないわ。すごい声だ。正にピークだ。『Living in The Material World』の翌年?この時も決して良くはないけど、たった一年でここまで落ちてたのか。なんだかそれなりに売れたアルバムってイメージがあったんだけど、こりゃキツイわ。『Ding Dong』ももっといい曲だったはずなのに。美化しすぎてたな。
tags : georgeharrison

クラブ・ドクターでマモル&ザ・デイヴィスとピーズとロズウェルズ。
ちょっとした下心があって今日は3カメで撮影。後方左右からコマちゃんとカオルくんに撮ってもらった。僕はいつも通り手持ちで、二列目くらいでゆるりと。

ロックンロール賛歌 〜 ロックンロールヒーロー 〜 恋は何色 〜 ノーテンキ 〜 キャデ3号 〜 ドロ沼天国 〜 余裕がない 〜 ハードレイン 〜 マボロシ 〜 メリークリスマス 〜 フライングマン 〜 夢の原子力 〜 ロックンローラー 〜 森へ行こう 〜 今週週末 〜 (encore) 〜 野球場 〜 期待はずれ 〜 (with オーツカ&はる)シーユーレイター

行きはカメラ2台と三脚2台。帰りはカメラが一つプラス。往復の移動で疲れたと言ってもいい。
引っ越して近くなったとは言え、基本的に終電の時間は一緒なので、会場を後にする時の慌てっぷりもいつも通りだった。
tags : mamoru&thedavies tot-channel texaspunk

ジョージ・ハリソンと言えば、子供の頃は『Ding Dong』だった。小学生の時は『Give Me Love』であって、中学生になってから(そして現在まで)は『All Those Years Go』。どれも恐らく、彼のキャリアを偉そうに語ろうとして筆頭に挙げるべき曲ではないような気がするけれども、僕にとっては絶対的にそう。
理由はかんたん。家にあったから。
『Ding Dong』はシングル盤。ビートルズは実は四人兄弟だったというのは当時幼稚園児だった僕が世界でたった一人だけ知りえていた情報で、四人兄弟の末っ子同士ということで(誕生日が四日違いというのも弾みをつけた)、ジョージには深い親近感を覚えていた(実はリンゴが長兄だったとはあとになって知った)。だからそんな境遇(テレビのチャンネル選択権がないとか風呂に入るタイミングを自分で選べないとか)の彼が「ディンドンディンドン」という、非常にキャッチーな曲を歌っているのがなんとなく誇らしかった。所有していたのは僕の実の長兄だったけれど、そこはまあどうでもいい。ちなみに『My Sweet Lord』のシングルもあったけれど、こちらはさりげなさが欠けているような気がして、あまり夢中にはならなかった。当時から、さほどフィル・スペクターは好きではなかったようだ(知らなかったけど)。
ジョージの唯一の(我が家にあった−これも長兄の)アルバムは『Living in The Material World』。その1曲目なのだから『Give Me Love』は果てしなく聴いたし、果てしなくエアギターもした。変な知識抜きに聴いたアルバムはこれだけなのだから僕の中では相当大きい存在である。
そしてジョンが死んだ。ここぞとばかりに姉が『All Those Years Ago』のシングル盤を買った。当時既にビートルズは実の兄弟ではなかったことを探り当てていた僕は、少しずつジョージへの興味を失い、ポール好きになっていた。だからジョンの追悼曲を(ビートルズを代表して)ジョージが歌うのかぁなんか変なのぉでも末っ子だからなぁ(違うのに)とかなんとなくなんとなく自分を納得させていたような記憶がある。
そんな風に、あんまり積極的でもなく聴いた『All Those Years Ago』は、しかしかなり心に染み入って、どことなく『Starting Over』を思わせてくれる作りも実は効いていたのかもしれないけれども、ジョンのことなんかまったく抜きにして、いつの間にか僕の中でのジョージ・ハリソンの代表曲になっていた。
それから何年も何年も経ち、その間に『All Things Must Pass』とか『33 1/3』とか『George Harrison』とか聴いたけど、タイミングが悪かったのか数曲を除いて「まあまあ」で終わってしまい、そして『Cloud Nine』はとても気に入ったのは事実なんだけど、ジェフ・リンのオーバー・プロデュース(とは言わないんだろうけど)が聴く回数を重ねる毎にしつこく感じられて、やっぱり段々と遠ざかって行ってしまった。
そして、そのジョージも死んでしまった。
All Those Years Ago.
===
マーティン・スコセッシの『Living in The Material World』。
あまりファンとは言えない程度の付き合いの僕だけれども、このタイトルだったもので勝手に思い入れは強くなっていて、すぐDVDになるのも知ってはいたけれど、どうしても映画館で観たくて、最終日の今日、しかもクルマで行けばラクなのにビールを呑みたいから駅まで走って必死の思いで電車に乗ってLサイズのビール片手に臨んだ次第。
やっぱ長すぎたなぁ。少なくとも第一部は、ビートルズ解散から始まって、あとはインタビューだけで振りかえってくれて充分。素材が美味しすぎるのだから、結局どんな絵を観させられても楽しめるのは分かっているけれど、だからこそ、潔さが欲しかった。スコセッシも歳を取ったな、とさいたま市の映画館で踏ん反り返っちゃったぞ。多分半分くらい尺を落とせただろう。でもインタビューはどれも興味深くてもっと聞きたくなるものばかり。このへんの話の引き出し方は見事。仮にインタビューばっかりで映像として退屈なものでもいいの。でももっともっと中身を重たくして欲しかったのよ。物質社会に生きているからこそ、精神的にどっしりくる世界を垣間見させて欲しかったのよ。なんてね。ちなみに第二部はかなり引き込まれた、危険なくらい。
『No.9』がジョージも一緒に絡んでたって全然知らなかったよ。常識?
フィル・スペクターの映画で、アル・パチーノ主演と聞いた時は耳を疑ったけれど、現在(?)の本人の映像を見て納得。これならすんなり似るね、声も。
トム・ペティーの話はとても良かった。クラプトンも時々。
ポールとリンゴがジョージを訪ねたあのシーン、そしてリンゴのコメント、その時のリンゴの笑い方、泣けるよ。
結果、不満がないわけじゃないけれど、「ふゎ〜。」と一晩中(大袈裟)放心状態。ジョージ、嗚呼、ジョージ。
大してファンでもないくせに。
===
今、iPodでずっと聴いてるのはやっぱり『Give Me Love』と『All Those Years Ago』。『Ding Dong』は入ってない。アルバムはなんだっけ?
tags : 映画 georgeharrison alpacino

Of Rivers & Religion/Afterここ最近のお気に入りミュージックは、John Fahey。ジャケットがこんなヘボイのしかアマゾンには出ていなかったけど、我が家のは表裏でそれぞれのジャケットになっている、『Of Rivers And Religion』と『After The Ball』の2in1。
数年前、今ほどネット・ショッピングが盛んでなかった頃、シド・グリフィンが「ニッポンでしかCD化されていないっぽい(もしくは入手困難な)『Of Rivers And Religion』を送ってくれ」と言って来た(メールで)。え〜あのプログレな人?なんでアンタが?なんて無知丸出しの興味本位で、自分用にも一枚買ってみて、そして腰を抜かした。超上手いだけじゃなくて超かっこいい人でもあったんですね!さすがグリ男!他にもいいアルバムあったら教えてくれ。
「そのあとに出した『After The Ball』もサイコーだぜ」
おおおぅ!ホントだ!アンタは偉大だなー一生付いて行くぜ!
数ヵ月後、シド・グリフィンから再びメール。
「オレ様がライナーを書いた、ジョン・フェイヒィのサイコーの名盤、2in1でリイシューされるぜ。是非買ってくれよな!」
それってあの時CD送らなかったらセンセー仕事が出来なかったって話?いいんですかそんな綱渡りで。
そもそも某センセーに薦められて、2枚とも持ってますけど。
そんなこんなで、今手元にあるのがここ数年思い出した時に手にしてそのたびに感涙するジョン・フェイヒィの名盤2in1(買いなおし)。英語ライナーは読んでない。

仕事休み。
12:30−新高円寺でターナーさんと待ち合わせ(遅刻したけど)。
13:00−Vegetablesの事務所でマモさん合流。
14:00−うだうだしてからなんとなくスタート。
17:00−終了。ペリカン時代で食事・雑談。
21:00−店を出る。解散。
ざっと、そんな一日でありました。
tags : mamoru&thedavies tot-channel texaspunk

昨日コンビニで、財布が壊れた。
そもそも数ヶ月前に小銭入れのチャックが壊れて不便を強いられていたけれど、お気に入りだったのでそのまま使い続けていた。でも今回は紐を付けるフック(?)が取れてしまった。もうアウト。そこから綻びがどんどん広がりそうな勢い。
悲しみ絶頂。
数十分後、アマゾンで新しい財布を注文した。せっかくなので初の長財布(電車の広告でお金が貯まるって書いてあったし)。しかもかなり高いヤツだぜ。
超誇らしげにFKに話したら、ヤツが使っているのは4万以上もする代物だった(趣味は相当悪いと思う)。気を取り直してMTに聞いたら3万数千円だったと(これも悲しくなる)。しょうがないので絶対大丈夫なはずのMCに聞いたらそれでも18,000円くらいだったと(これもダサい。まあ許せる範囲だけど)。
ここ40年くらいずっと、五千円以上かける人の気が知れない、と思っていた僕は、今回一生使うぜくらいの一大決心ですごく高価な逸品に買い替えたんですけど、みんな結構財布にはお金かけてるという事実の前に愕然としているのです。でもどうみても僕の財布が一番お金貯まりそうな気がします。そもそも彼等はそのお金を入れ物に使っちゃってるわけだしね。

仕事を早めに切り上げ帰宅。18時にガス台交換なのである。と思ったら30分近く来なかっただよ。まあ依頼を受けた業者さんなので文句を言ったところでしょうがない。なかなかのナイスガイだったしね。ドアクローザーも一応調整をしてみるけど、1〜2分で「あ、こりゃもうダメですね。寿命だ」と診断してくれたのでまあヨシとしておこう。本当はここで新品を持ってきてて欲しかったんだけど。
昨日指扇から持ってきた荷物がまだクルマの中なので、えっちらおっちら五往復くらいしながら運び終え、せっかくだから襖の猫シート貼りとかやってみる。今まで2回(5枚分)やって相当苦労したのだけれど、今日の最後の2枚になって、ようやくコツを掴む。一人で出来た!これだ!もうこの熟練技術を活かせないのが極めて残念。早く引越ししよう。
押入れの中にアレコレ押し込み、とりあえず雑貨が半分くらい入ったダンボールが二箱残っているけれど、これでまあ本当に、新居完成。襖は極力使わず広い空間でのつもりだったけど結局全部使ってます。押入れもちゃんと閉まってます。バズ部屋とギターの位置を入れ替え、一人台所で寒いってこともなくなり、多分イイ方向。
すげー部屋っぽいぜ。
風呂上がりにパジャマ姿で、濡れた頭をタオルで乾かしながらラーメン屋に行けるのがイイ。こんな時は瓶ビールがまたイイ。
なんかラクしてるなーこんなことでいいのかなー。

ちゃんと携帯電話の番号も書いておいたにもかかわらず、先日の大家への手紙、返事は管理会社(ではないというカミングアウトと受けたけれども便宜上管理会社)から来た。
ガス台交換は、何度も谷川さん宅に伺っているのだけれどもいつも不在だったとのこと。っておい、サラリーマンの日常を知らないわけじゃあるまい。メモ一枚残すことも出来なかったのか?「いや私にそう言われても・・・。」じゃあ明日18:00に来てください。必ずいますから。
ポストの番号は「右に××左に××・・・。」これこそメモを入れることくらい出来なかったんですかね?「いや私にそう言われても・・・。」はいありがとうございました。
排水溝は「それは・・・ちょっと建物全体の問題にもなりかねないのでなんとか・・・。」それは分かってます。だからまず返事をはっきりさせてくれとお願いしているのですよ。代える、かもね。直す、かもね。がイヤなんですよ。どうしようもなかったらこっちはこっちで考えますよ。右か左か白か黒か、その方向性を大家が示してくれないことにはこっちは何も出来ないんだから。「いや私にそう言われても・・・。」
ドアクローザーはガス台交換の際に一緒に調整します。いや調整は無理なんだって。何度もやってるんだって。構造は分かった上でやってるんだって。「いや私にそう言われても・・・。」
だから直接連絡にしろってんだ。で、どうなんです?今後こういう話は管理会社でない御社にしてしまってもいいものなんですか?「あ、それはもういつでもおっしゃってください。」・・・ってなんだか可哀相。色々ありがとうございます。
===
浮間公園にバズと散歩に行く。紅葉がナイス。
ベンチで新聞読んでたり、釣りをしてたり、喫煙所でタバコふかしてたり、芝生で寝っ転がってたり、いい光景が続く中をのんびりと歩く(チワワに合わせると自ずとのんびりになる)。この小さな規模でそれなりに多様な時間の過ごし方で出来るという点で、この公園はなかなかポイント高いと思う。
===
その後、クルマで指扇に向かう。最後の荷物運搬である。11月一杯まで借りているのだがふと考えたらもう後がない。
途中、電球(もう切れるって早すぎ)とホースの先っちょにつけるシャワー(風呂とベランダ掃除に欲しかった。念願)とDVテープを買いにドン・キホーテに寄る。何度来てもココはツライ。途端に息苦しくなる。テープ安かったからいいけど。
そんなわけで指扇旧宅。モノ自体はなんとなくまとめてはあったので、ちゃちゃちゃっとクルマに積み込んで、1時間程度でさようなら。もう何も感慨はない。
今夜は、赤い夕陽のライヴであって、それはそれなりの意気込みを持って臨もうと思っていたのだが、数日前に母親から呼び出しがかかり、今日はこれから上福岡に駆り出されることとなった。
母親は何年も昔から、地元の教室で社交ダンスをやっている。今日はその発表会だかパーティーだかがあるんだとかで、「アンタ、ビデオ撮ってちょうだい!」と。何年か前にも頼まれて、その時は断ったんだよね多分ライヴで。だからまあ、んーしょーがねーなーくらいの気持ちで引き受けた次第。
「ワタシだけ撮ってくれればいいから!」と親切に時間指定までしてくれたけれど、悲しいビデオ小僧の性で、会場の事前チェックをしないとどうにも落ち着かず、指定時間より30分ほど早く到着。会場は「多目的ホール」。会は既に始まっていて、曲に合わせておじさんおばさん達が踊りまくっている。何曲も続くBGMで、変わるたびに声をかけてパートナーを替えつつ、また踊る。正にダンス・パーティー。かっこよすぎだぜみんな。正直上手いのかヘタなのかは分からんが、みんなそれなりの格好だし、なんとなくはサマになっている。社交ダンスが流行ったのなんて、かなり昔の話だと思うのだけど、そうかそうかこういう世界だったのか、と妙に感心。
ところで、肝心の母がいない。はっきり言ってみんな化けてるようなもんだから(失礼。)、そのせいかと思って眼鏡をかけて会場の隅から隅まで全ての淑女達をガン見してみたけど、やっぱり母おらず。もしかして会場を間違えたんじゃないかと思い、守衛さんに「ダンス教室は多目的ホールでいいんですよね?」と尋ねたら、「1Fの小ホールでもフラダンスやってるよ」なんて聞かされて余計パニック。あれぇフラだったっけぇ?確かタンゴとか聴いてたもんなぁでもそのあと鞍替えしたのかなぁだったらウクレレやってるオレに何か貸してくれとか言ってくるよなぁもしかして言われてたのを無視し続けてたのかなぁ母さんごめんよぉ・・・と会場内で一人サンダル履きで浮きまくりながら独白に浸っていたら、そこに姉と甥が登場。この人達は花束贈呈で駆り出されたらしい。そしてそのタイミングで控え室から真打ち母親登場。なんだよいるじゃねえかなんで踊らねえんだと問うと、今はフリーの時間でしょ、まだまだワタシの出番じゃないのよふふんっと再び控えに消えていってしまった。意味不明。
ダンスが続いて会は進む。するとっ。
司会者「みなさんお疲れ様でした!それではここで選りすぐりのメンバーによる、○×△$です!ごゆっくりお楽しみ下さい!」
ジャジャーン。盛大な拍手の中、5組のペアが入ってきて中央スペースで踊りだす。「キャー」とか「すてきー」とか歓声が飛ぶ(まじ)。
しかし、ここにも母おらず。一体どうなってんのと思いきや、
司会者「それではみなさんお待たせしました!それではいよいよ、タニガワ(タニカワだよ)Q子さんと○○センセーのペアによる、××タンゴです!」キャー!
母親は、流石長くやっているということもあって、この教室でほぼNo1的立ち位置を確立していたのだった。恐るべし。最後の最後に、センセー夫婦によるダンスがあったものの、生徒の中でのトリ、しかもパートナーもセンセーだ。驚いちゃった。もちろんローカルなダンス教室なので大した規模ではないんだけれど、まあそれでも、お母ちゃんがんばったなぁマジえらいなぁ、くらいの感動はある。思わず撮影にも気合が入るってもんだ。
でも誠に申し訳ないけれど、それがどれくらいの上手さだったのかは、僕にはやっぱり分からない。確かにシャキっとはしてたしイカしてたけれども、どうせ贔屓目に見ているだろうし。まあそれでも、あの3分間は本当に顔が違っていて、そしてそのあと廊下で見た時のふやけた500%の笑顔との落差。つまりダイジョブな、バッチリな踊りを披露出来たみたいだ。良かった。
絡んでくる甥っ子を振り切って会場をあとにし、Q太郎宅へ。クルマなのでノンアルコールビールをいただき、久々の駄弁り時間を過ごす。生きてくのは色々大変だよなって話だ。情熱大陸で談志が始まるという時に(Q太郎が積極的に時計を気にし始めたので)別れを告げ、北区へ帰宅。
あ〜長い一日だった。

新居初のガス代請求が来た。
指扇時代。都市ガスで30日間で2,400円ほど。
新居。プロパンガスで20日間で3,600円ほど。

なんなのこれ。破産しろってこと?やっぱりこれからはオール電化ってことなのか?(没)
===
仕事は18時で終わりますって報告を受けて「なんだよなんだよヨユーぢゃん」と浮かれた直後に機械の故障報告。
18時から3人でスタート。余計なところで時間がかかって結局21時です。しかも納得いかない出来。悔しい疲れた&油臭い。風呂に入りたい。ガス代が心配。

Stevie Hagerがまた来てたんですって。
前回(?)撮らせてもらった時に二、三言話した限りでは、果てしなくただの「イイおじさん」だった。だから今回、そのなんでもない感じを極めるくらい感じてみたくて、実は結構それなりに楽しみにしていた。
が、すっぽかし。
会社のフットサル。ってかなんだか中途半端な残業フィーリング(やらなきゃいけない、でも都合でとことんは出来ない。様子を見ながらギリギリまでやってみる。で、結果的に大して出来ない。でもライヴには間に合わない)で、んじゃフットサろうかと。
2ヶ月ぶりの運動は、結構なかなかそれなりに過酷だった。
そのあとの呑みは、晩飯&ビールで撃沈。帰るのが本当に億劫だった。近くに引っ越して良かった。
大家に手紙を出す。というかメモを大家のポストに入れる。
ガス台の交換(2口コンロのはずが一つ点火出来ない)
玄関ポストの暗証番号の連絡(未だに自分のポストに手を突っ込んで郵便物を取ってるって信じられる?)
風呂の排水溝修理(これは難易度高い。風呂場のタイル剥がさなきゃいけないらしいから。でも風呂場で臭いのって耐えられないよね)
そしてドアクローザー交換(という名前だということを調べて知った。ずっと油が漏れてるなぁと思ってたら、これは油圧式だったのね。つまり内部の油が漏れてるわけだから一切抵抗なしにバタン!と閉まっちゃう。キケン)
上記4点、どうにかなりませんか?と超超超下手(したて)にお願いしてみた。
さてどうなることやら。