ひっさびさのH呑み。
今年は初めて会うはず。だから多分、8ヶ月ぶりとかそんなくらい。
会うなり、「どうしたの?激ヤセじゃん?」と心配される。ダイエット成功、とニヤリとするも、「いや、年取ってから激ヤセってのは心配になるよね」と言われ、ちょっと悲しかった。
相変わらず話がポンポンあっちに行ってこっちに行って。それでもまた戻ってきてまた飛んだと思ったらちゃんとオチが着いて、といい感じの流れだ。
政治だの音楽だの恋愛だの仕事だの。
久々ということもあるが、話題には事欠かない。
彼女はたいした人だよ。
ポエポエで、John & Travolta 練習。
持ち曲をとりあえず演ってみた。
あれー!10分で終わっちゃった。しかもちゃんと完成してない曲ばかりなのに!
10分しか持たないバンドってなによ。
もっと練習しなくちゃマジでヤヴァイでしょと思いつつも、来週はワタシがキューバでいない。あれー。
こんなことで大丈夫なのでしょうか。
本番は29日です。持ち時間は20分です。
むろん、練習後は呑んだくれました。
去年の1月に初めてキューバに行った時にお世話になったYと呑み。
1年半ぶりに会う彼女は相変わらず聡明でしびれました。
今度の旅行のあれこれを聞いてもらい、楽しみだなーわーいって言ってるだけであっという間に時間が過ぎてしまいました。
おかげさまで余計楽しみになってきた。ありがとぅー。
ニック・ロウを観てきた。
51さんとミユキちゃんとマモルさんと。
僕は十代の頃、ニック・ロウを聴いたからこそ、バンドを組んだり曲を書き始めたりした。正確にはロックパイルだったけれど、それはポール・マッカートニーでもなかったしビリー・ジョエルでもエルヴィス・コステロでもなかった。だからそれくらい、この人は僕の中で大きな存在だったし、僕の志向性を決定づけたという意味においては、この先も永遠に大きな存在であり続けるだろうと思う。
しかしながら、僕が十代の頃というのは80年代であり、ざっくり言うと87年の『Pinker』までが「あの時の」ニック・ロウであって、90年の『Party of One』、さらに言うなら94年の『Impossible Bird』を初めて聴いた時はその音作りに超がつくほど戸惑った。
ライ・クーダーやジム・ケルトナーも大好きだったけれど、何もニック・ロウにそれを求めてはいなかったし、ましてやムード歌謡(失礼)をやるに至っては正直失望感の方が大きかった。
今でこそ、この名盤との誉れ高き『Impossible Bird』もキライではないけれど、まあ、実はそんなに好きでもない。92年か93年かの九段会館で、初めて「Shelly My Love」を聴いた時の衝撃は今でも薄れていないけれど、そのあとアルバムが発表になって(ジャケットで狂喜乱舞したのちに)実際の「完成品」を聴いた時のがっかり感もちっとも薄れていないのだ。続く『Dig My Mood』『The Convincer』なんて未だに口ずさめる曲がない(エラソーに)。
さてそんなぼくではありますが、やっぱりニック・ロウは大好きなんです。
はっきりいって僕が夢中になっていた頃、この人のことを完全にレコーディング・アーティストとして捉えていたから、家で正座してヘッドフォーン付けてる方が燃えると思ってたんですよね(暴言)。ロックパイルやノイズ・トゥー・ゴーのライヴ音源を聴いても「雑だなーおい」とか思ってましたからね十代のガキは。
でも逆に考えるとですね、僕がニック・ロウのライヴを観れるようになったのはもうその時期じゃなくって、一人でギター一本抱えて唄うスタイルになってからなんですよね。だからですね、90年代になって「パッケージ商品」としてのニック・ロウから少しずつ気持ちが離れていったことで、「ナマモノ」のニック・ロウを全然新鮮に楽しめるようになっていったわけでもあるわけですよ(多分。そう思いたい)。
まあそんなことを言っても、やっぱりそれ以降のアルバムも聴きこんでいないので(多分好きなのは2011年の『The Old Magic』。多分、としか言えないのが非常に弱いが)、下記のようなセットリストでは知らない(はずがないのだが)曲が大半。ええ、正直いって、ホントにわからない曲が大半でしたよ。
でも、でもですね。
サイコーにかっこいいんですよ。ヴォーカルもギターも。そしてそのたたずまいも。
実際、お客さんの反応だって昔の曲の方が圧倒的にイイんですよ。そりゃそうでしょうそういうもんでしょう。
でもですね、エライと思いませんか?ちゃんと「今の」曲をメインに持ってくるんですよ。でやっぱり、僕は家に帰ってから昨今のアルバムを聴きなおすんですよ。それがもっとも正しい姿だと思いませんか(まあ多分一通り聴いたら80年代に行きますけどね)?だからポールも見習え。ビートルズももちろん結構だけど、80年代以降の曲も演れって。90年代も2000年代もちょっとでいいからちゃんと演れって。まあそれは別の話だけど。
でニック・ロウはですね、アコギ一本だとあの頃の曲も昨今の曲もまったく変わらずクオリティー高いってことがよくわかるんですよ。陳腐な言い方で申し訳ないけど、全部ロックンロールになってるんですよ。だって『今日の俺様的ベスト・トラック』は(新曲と言っていたような気がする)10曲目の「Crying Inside」だもん。「Without Love」のあとに演ってんのよ。フツーなら「おいおいせっかく盛り上がってんのに」とか言ってもいいはず(そんなはずないんだろうけどさ)なのにこの曲サイコーだったもん。
「Shelly My Love」はやっぱアコギ一本の方がいいですね。それから「Peace, Love」で終わるかと思いきや間髪入れずに「Alison」の流れは感動的ですらありました。「I Knew The Bride」は大好きな曲だけど、『Rose of England』の、いわばヒューイ・ルイス・ヴァージョンが好きです。「Raging Eyes」は高校の文化祭でも演った、いわば青春ソングでもあります。文句なしにかっこよかった。
でも一番かっこいーなと思ったのはアンコールのときのMC、「ドモアリガートべいべー!」だったね。
01. People Change (2007 At My Age)
02. Stoplight Roses (2011 The Old Magic)
03. Long Limbed Girl (2007 At My Age)
04. Ragin’ Eyes (1983 The Abominable Showman)
05. Has She Got a Friend? (2001 The Convincer)
06. ‘Til the Real Thing Comes Along (2011 The Old Magic)
07. Blue on Blue
08. Rome Wasn’t Built in a Day (2007 At My Age)
09. Without Love (1979 Labour of Lust)
10. Crying Inside
11. I Trained Her to Love Me (2007 At My Age)
12. I Live on a Battlefield (1994 The Impossible Bird)
13. Shelley My Love (1994 The Impossible Bird)
14. Cruel to Be Kind (1979 Labour of Lust)
15. Sensitive Man (2011 The Old Magic)
16. When I Write the Book (1980 Rockplie – Seconds of Pleasure)
17. House for Sale (2011 The Old Magic)
18. Lonely Just Like Me(Arthur Alexander cover)
19. I Knew the Bride (When She Used to Rock ‘n’ Roll) (1977 Dave Edmunds – Get It / 1986 Rose of England)
Encore:
20. Tokyo Bay (2012)
21. (What’s So Funny ‘bout) Peace, Love and Understanding (1974 Brinsley Schwarz – The New Favourites of)
22. Alison (Elvis Costello cover)
昔はニック・ロウのライヴといえば10人くらいは知り合いに会うのが恒例だったのに、今回はオザキ夫妻とウエムラしか会わなかったなぁ。みんな次の日行ってたのかしら。ちとさびしかった。だってこんな時にしか会えないもんね。まあ、その10人中3人は一緒に観てたんだけどね。
そんなわけで我々4人、みんな高揚していたので「かるく一杯」ということで51&ミユキのお友達がやっているレコードが聴ける呑みやさんへ繰り出し、そこでアナログ盤のニック・ロウ祭りを開催してもらったり『Please Please Me』のゴールデン・パーロフォンなるものを聴かせてもらったり、ギャーギャーと音楽談義をしたりでしっかり終電でした。
でもアナログ盤いいね。酔っ払っていたとはいえ、音の違いを明白に感じてしまった。手放しちゃってマジ後悔。ここ数年で10回以上は後悔してると思うわ。
いいお店でしたよ。ぜひ、渋谷にお越しの際はお立ち寄りください。
※セットリスト調べは51センパイです。この人の情報収集力ははっきりいって異常です。
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そんなわけで、森まゆみの『暗い時代の人々』を読んでいる。
大正から昭和にかけて、文字通り命を賭して抗い続けた人々の生き様は、今の時代を生きる僕の中の何かに確実に火を灯し、前を向くことの喜び、抗うことの希望を感じさせてくれる。
ここで紹介されている九人(と共に生きた数十人)は、大半が知らない人だったが、その中に竹久夢二の名前があるのには驚いた。僕は長年この人の大ファンだったが、まさかこんなところで出会おうとは夢にも思っていなかった。
夢二は、社会主義者、運動家というよりは、その生き様を見る限りノンポリ。であるが、政治を語る以前の、根底に流れる思想が非常にリベラルで、弱き者に寄り添う姿勢を持ち続けていたことが窺いしれる。そしてその人間性ゆえに時代に翻弄され、抗うことを余儀なくされた、という、生きる時代さえ違っていれば間違いなくウハウハ人生だったであろう、そんな才人だった。らしい。
なるほどね〜。より一層好きになったよ!
と唸らされていた矢先、次のくだりで声を出して笑ってしまった。
大正十三年十二月二十八日、世田谷の松沢村七九〇番地に自ら設計した新居が完成、お葉とともに移り住む。(中略)翌年、文学的野心を持つ山田順子が出現し、そのためにお葉は去って戻らなかった。(中略)いっぽう、山田順子と夢二は二ヶ月もしないで破局した。(142ページ)
何やってんだよ、しょーがねーなー夢二。
一層好きになったよ!!(^O^)
ジェレミー・コービンのスピーチを観ようとYouTubeを徘徊していたら出てきた映像。
僕はオアシスに入り込んだ経験がないのですが、今日誰かの青春ソングとしてこの曲が話題に上がっていて、そしてちょうど今年のグラストでなんとリアムが(多分初めて)ステージで披露した(6/24)とYouTubeで大騒ぎになっているという運命のいたずらで観てしまいました。
サビは高すぎて歌えないようですが、お客さんみんな嬉しそうでそれだけでちと感動的であります。
https://youtu.be/8xo_GcOsp4k
軽く観光しました。
Sweet Strings Ukulele Orchestra、福井でリサイタルでした。
まず最初に、僕自身の立場を表明しておきたい。
現在のところ、僕の支持政党は日本共産党。これは、彼らの掲げる政策と僕が求めるそれとが、他の政党のものに較べると断トツに近いからという、極々当たり前の理由からである。
そういう人間が書いたものとして読んでいただきたい。
共謀罪が衆参両院を通過し、事実上成立ということになった。
この法律に関しては、国会内に限らず新聞やテレビなどの、比較的政権寄りと揶揄される主要メディアにおいても、その適用範囲の曖昧さが指摘されている。
政権にたてついた人がとっつかまる可能性がある。
国策に抗議した人がとっつかまる可能性がある。
花見に双眼鏡を持ってきた人がとっつかまる可能性がある。
そう言われている。
むろん、現政権は否定する。あくまでテロ目的の人間が対象になるのであって、一般人が対象になることはありえない。
でも一般人がそうでないかの判断はどのような基準で決めるのかが曖昧すぎる。結果、取り締まりを実行する警察に強大な権限を与えることになりかねない。実際に国会でも、法務大臣や官僚の答弁が二転三転する場面が何度もあった。
僕自身はとっても危険な内容だと思うし、全面的に廃止するべき法律だと思っている。でももちろん、全国民がそう思っているのかと言うと、そうでもない。まあいいんじゃない?とか、やっぱり必要だ、と思う人もやっぱりいる。
そういった人に向けて、以下を書き進めたい。
僕(を含めた反対表明者の大多数)は、自分が適用対象になり得るからという理由で反対を表明しているわけではない。この法律がヤヴァイとされる最大の理由は、「現時点で」というただし書きをつけない限り、安心できる一般市民は一人も存在しないということなのだ。
自民党支持者のワタシは大丈夫。安倍晋三さんは知り合いの知り合いだから大丈夫っていう安心は、安倍晋三が強大な力を持っている「現時点」でしか何の効力も持たないのだ。
想像してみてほしい。
あの、志位和夫が日本の総理大臣だったとしたら。小池晃だったとしたら。山本太郎だったとしたら。小沢一郎だったとしたら。蓮舫だったとしたら。ドナルド・トランプだったとしたら。フィデル・カストロだったとしたら。
彼らが国のトップに立ち、単独過半数の政権で権力を掌握したとしたら。
考えてもみてほしい。
実際に自民党と社会党で連立政権を持った時もある。自民党離脱組の新生党やさきがけが中心になって政権を持った時もある。そして、民主党政権だった時もある。
民主党政権時代は最悪だったという意見もある。これにはおおいに異論があるが、もしその通りだったとして、その政権を選んだのは僕ら国民である。最悪な政党に最大の議席を与えた時はみんななんらか期待をしていたはずなのだ。愚民どもがだまされたといってももうどうしようもない。だまされた責任を問うてもあとの祭りだ。
そんな時代が、この先また訪れることがあるとしたら。
そんな時代に、この共謀罪があったとしたら。
考えただけでもぞっとする話だ。と、思わないのだろうか。僕が安倍政権に対して抱くような恐怖を、賛成派は、村山政権や細川政権や鳩山、管、野田政権に対して抱かないのだろうか。いつの日かまかり間違って成立してしまうかもしれない左巻きの政権にこの法律の施行を委ねられるのだろうか。
これだけでも、反対するには充分すぎると思うのだが、いかがなものだろうか。
寝不足と腰と耳(あご)の痛みで日中は絶不調。
17時、ちょうど雨が止んだので、今日の居残り作業は中止にして帰ることにした。
ちゃちゃちゃっとテイクアウトで食事も済ませ、あごの薬を飲んで仮眠。21時頃までぐっすり寝る。目が覚めて、昨日の教訓で軽くアルコールを摂取し、PCの電源を入れ、ずっと先延ばしにしていた15分で終わりにできる動画編集作業に入る。あの一箇所だけ直して、アルコールが回ってきた頃にまた寝よう。
その瞬間、PCがブラックアウト。そしてブルー画面で英語メッセージ。ぎゃーっ。
何度再起動をかけても同じ。諦めて強制終了してから電源を入れるとピー音が鳴り響いて立ち上がらず。これまた何度やっても同じ。
今なら完全に眠れる。気持ちよく焼酎(ビールだとコスパ悪すぎるので変えた)が染みわたってきている。眠れる。寝たい!
でもこれじゃ無理だわね。
電源切ってー、線を全部抜いてー、数分待って電気抜けるの待ってー、回り片付けてー、重たい本体を持ち上げてー、床に降ろして、フタ取ってー、何がなんだか分からないからケータイで検索してー、グラフィックボード外してー、メモリーカードらしきものを抜いて差してを4枚やってー、グラフィックボードも戻してー、フタしてー、机に戻して―、線差してー、電源入れてー、
治った!さすがーっ。
もう全然眠気が吹っ飛んじゃったよ。嬉しいけどちくしょー。
結局3時くらいまでどーでもいいことをしてました。