高校時代の友達、「二学年下」の、つまり「後輩」と呼ばれてた子に誘われて、その子等と同じ学年の子が出ている芝居を観に行く。前にも誘われてたのにすっぽかしちゃってねー。でも今回も、職場でヘタしたら日曜出勤もあり得るくらいシュールな空気を醸し出していたからビクビクものだったのだが、なんとなく週末にはヨユーな香りになっていてホントに良かったよホントに。
てなわけで新大久保で待ち合わせ。日曜日昼時。酸欠になるくらいの混雑でビビる。ホントに韓国様様だねこのへんは。フランス街とか作っても絶対はこうはならないだろうよ。
チェキラちゃんは、知り合った当時はスウィート・リトル・シックスティーン。まあ言ってみれば「知り合いの中で一番若い人」だったのだけれど、今は(当然ながら)もっともっとヤングな知り合いがいっぱいいる。大人になるってすごいことだね。
途中マサゴンも合流して3人で韓国的食事処で昼食(朝食)を取ってから会場へ。そこでヨシノくん(かっこいい)にも会って(これみんないわゆる後輩)、4人で芝居鑑賞。
D.K.Hollywoodという劇団で、主催はそれなりに有名な人だったみたい。で、ここに参加しているトヤくんってのがチェキラちゃんやマサゴンやヨシノくん(かっこいい)の同級生。
高校時代の同級生がずっと付き合いを続けているって素晴らしいですね。アタシなんか、自慢じゃないけど小学校中学校を含めて誰一人いませんよ。コイツは永遠のバディー!とか思ってた人も概算三人くらいいましたけど今やすっかり疎遠です(縁を切られました。コッチが怒らせたのがいけないんですけど。のべ三人とも)。女の子は結婚して疎遠にならざるを得ないし。ということで、学校の違うQ太郎がほぼその時代からの一番古い深い付き合いになる。まあそういう人が一人いてくれるだけで心からありがたいものであって、数や時間の話ではないとは思ってはいるけれど、でも単純にスゴイナー。
そういった意味で、彼等はスゴイナー。僕に声をかけてくれるオープン・マインドも感動的だ。
ちなみにヤング・フォークスのライヴでよく会うカメラマンのユーコちゃんもチェキラちゃん達とはまた違う学年で後輩なんだって。ライヴハウスで「センパイ」とか言われるとビビるよね。
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んなことはどうでもよくて芝居を観た。
会場は新大久保のK-POPの人とかが出ている(らしい)ちょっとしたショーの出来る呑み屋。絶対もっと的確な表現があるはずなんだけど今思い浮かばん。よりによって呑み屋はないだろうと思うけど思い浮かばん。
で、なんでよりによってこんなところで、とうろたえちゃったけれど、構成が見事を場所を活かし切っていてなるほどガッテンな仕上がりだった。あとで聞いたらここのハコを前提にして、そこからホンを書いたらしいです。ガッテンガッテン。どうでもいいけど思い出した映画は『バーレスク』。あんなところが発想の基点なんじゃないかしら。
内容は幾分長尺で、休憩を挟んだ(このあたりからしてパッケージショーの一つとして成り立っている)後半は若干失速。クライマックスでもちょっとゴチャゴチャなりすぎちゃったな〜っという印象。結果、ハコを出てからも体内で響き続ける「ここだ!」というシーンに欠け、断片的な記憶としての「楽しさ」しか残らなかった。それで充分なのかもしれないけれども、企画としてとても面白いものだったからやっぱり残念。「演出・構成の楽しさ」があっても「話の楽しさ」が残らないことには結局中途半端な「楽しさ」にしかならない。長い分、集中力も途切れてしまうし、もっとコンパクトに、そしてもっとハコを(開演前も含めて)徹底的に活かしてほしかったなぁ。
まあ芝居にしろ映画にしろライヴ(音楽)にしろ、鑑賞する側にもある程度のコツや慣れを要求する類ではあるのは間違いのないことであって、僕のように映画慣れした芝居初心者が入りきれないってのはしょうがないことなのかもしれない。
実際、残念と思いながらもその反面、この「一歩外で観ている感」のおかげで、芝居って面白い奥深い表現だなーと、終演後のトイレの中で一人で感じ入ったりもして、なかなか切れが悪くて困りながらも「結構楽しんでんぢゃん」とフリフリしながら頷いてみたりもして。
芝居。また機会を作って観たいよね。
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店を出て、4人で「オチャ」して、ヨシノくん(かっこいい)がヘイ・トゥナイツのマットの友達だということが判明して、びっくりして、解散。
誘ってくれてありがとう。

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