かのAKBのなんとかちゃんが結婚するって。
しかもそれをファン投票の大きなイベントで言っちゃったって。
大変ですね。色々非難が巻き起こっているみたいです。

基本的にどうでもいい話なんですが、もしくはおめでたい話なんですが、多分この非難している人達の半分くらいは、大枚はたいて応援(投票?)して、「こんなに金使わせたあげく裏切りやがって」という人なのではないかと勝手に想像しています。この人たちに関しては何も言いません、バカなので。じゃなかった、それはそれでこの世の春を謳歌していると思うので。失恋も時にはいいものです。いやそんなことは思ってません。
まあいいや。
問題は残りの半分くらいの(と勝手に思ってる)、多分このなんとかちゃんのことも良く分かってなくて、そもそもAKBのメンバーの名前でんでんもちゃんと言えない(と勝手に思ってる)くらいの(僕と同レベルの)人たちなのです。
つまり良識ある第三者。
「せっかくめでたい話なのに何もそんな場でそのタイミングじゃ非難されても」
「恋愛禁止のルールを承知でアイドルになったはずなのに」
なんて声が(あくまでネット上ですが)聞こえてきました。
でも、そもそもでんでん恋愛禁止ってルールを掲げること自体がおかしくないすか。アイドルは独り者の方がいいってのはそりゃ分かります。ビートルズだってそうでした。
でもね、老若男女問わず、やっぱこの「ルール」はおかしくないすか?会社勤めしている人間に有休消化禁止っていっているようなもんですよ。当たり前のことにNG出してるんすよ。
もっというなら食事禁止とか睡眠禁止みたいなもんですよ。人間の本能的な部分にNGを出すルールなんです。
だって恋愛ってコントロールきかないじゃないですか。アウト・オブ・コントロールに陥った状態で「好きだ」とか言われちゃったら「アタシも」くらい言っちゃうじゃないですか(多分)。
でもアイドルになりたかったから(その時は彼氏作る気もなかったから)無問題だと思って契約しちゃったっていいじゃないですか。つまりどうでもいいじゃないですか。
でも、過去に同僚だか先輩だかが地方に飛ばされたり坊主頭になったりしたんでしょ?で、それが「ケジメ」という言葉で美化されて、それを揶揄する人たちでさえ「(理解できんが)それがあそこのルールだから」とスルーしちゃった。だから余計それがあそこのスタンダードになっちゃった。
そしてその地方に飛ばされた(っていう意味が未だによくわからんのだけど)娘を応援する正義みたいな現象も起きた(このへんは職場の若い子に解説してもらいました)。
でもだからこそ、彼女はあえてあの場のあのタイミングでぶちまけた!って考えると、けっこう気持ちよくないですか?(一番言いたいのはココです)

「おかしくないすか?いくらルールだからって、おかしなルールを守ってたらもっとおかしくなりませんか?」ってさ。「クビでもいいです!アタシは言いたい時にいいます!しったこっちゃない(どうせ結婚するし)!」とかさ。
彼氏出来たから、夫が出来たから、子供が出来たから売れないんだったら、まったく投票得られないんだからそれでいいじゃないですか。本人とファンが決まればいいじゃないですか。
売れないから出番が少なくなってギャラを減らせばいいじゃないですか。
でも事務所が最初に掲げるルールとして、まったくもってナンセンスなんじゃないですか諸君!
と、彼女は訴えたかった。

なんでもドラマチックにとらえたい上に、恋愛至上主義者でもある僕は、そんなことを夢想しちゃいました。
大枚はたいた人たちは本当に辛いだろうな可哀想だな多少罵っても許すと思いつつ、「型にはまる」怖さ、というか「型にはまることが責任を果たすことだといつの間にか盲信してしまう」怖さをちょっと感じるんです。
まあこの話自体はホント、どうでもいいと思ってますけど。
なんにせよ、なんとかちゃんおめでとうございます。

そんなわけで今日はやるぞ!と思ったけど明け方からドン底ウツ。
午後になって出かけよう!と外に出たら雨。
結局、何にもしなかったわ。

友達の友達の絵の個展。ちょっと刺激になった。
この一つの作品を仕上げるのにだれだけの時間を費やすのだろう。少なくとも10分20分じゃない。それがこれだけの数あるってことは、帰ってきてボケーっとケータイいじってる暇とかないよね(たまにはしてるだろうけどさ)。
いやぁ、いかに無駄に過ごしてるかってことですよ。

新宿S呑み。前呑んだ時から2年以上経っているんだとか。Twitterがあるからそんなに間が空いたようにも思えなかったけど。
楽しい楽しい。けっこうあっという間に時間が経って早や終電。の一本前で帰りました。

僕は長いこと、多分20年くらい、顎関節症を患っている。
右あごのその痛みは、普通の、日常のルーティーンとして常に存在していて、今更どうしようもないなという気持ちになっている。もちろん時々マッサージしたりもするけれど、まあ耐えられないほどではないし、ほとんどあきらめの境地だった。右あごが痛い。それが普通。それがオレ。
先日、恋に破れた時(もう2ヶ月も経つんですね)に、突然その痛みが左あごに移った。急に痛みが移動してしまったのだ。不思議なこともあるもので、右あごはまったく痛くなくなり、そして左あごの痛みは、右あごのそれをはるかに上回るものになってしまった。
さてどうしたものかと思ったが、まあ、これはこれ。時々マッサージしながら、「それほど参ってるんだねオレ」と涙を流しながら結局そのまま放置する日々を過ごしてきた。
そんな感じで今日も仕事をこなしていたのだが、昼休みに食事を取る際に突然の大激痛に襲われた。口を開けると耳の奥に針を刺されたようになる。これは新感覚。骨というより耳の穴だ。食事どころではないのだ。
仕事の流れでは明日からがピークになるので、急遽半休を貰い病院へ。
診察の結果、症状は外耳炎。しかし大元はあごでしょう、と。だから外耳炎の薬の前にあご周辺の筋肉の緊張をやわらげる薬と痛み止めを貰う。胃薬も進められるがこれは断る。どうせ飲まんので。
とうとう薬に頼る日々が訪れてしまった。
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夜、声をかけられたイベントに顔を出してみようかとついその気になる。しかしそれはあまりに安直すぎる。いやいや何を今更。いややっぱりそうじゃない。と悩み、イベント開始時間まであれやこれや理由をつけて家を出ず、間に合わないことを理由に欠席した。
結果、さらに悶々とし、今日はこれしかない、と国会前に行くことにした。

思いのほか、人は少なかった。もちろん共謀罪に反対する人の全てがここに集まっているわけではないが、まあ現状、こんなものだろうな、と、自分の胸に手をあててみると妙に納得もする。

どうにも盛り上がりに欠ける。人数とか規模じゃなくて、自分自身の中の盛り上がりに欠ける。
それって多分、回り(国会前ではなく、日常の)を見渡した時の手応えのなさだと思う。
安保法制の時に、集団的自衛権の時に、(負けるの承知で)あれほどジタバタし、でもありえないやり方で悪法を通され、これってどう考えてもおかしいだろ!と我々は憤った。しかしそれは、けっこう我々だけが憤ってた。あっそうなの。いいんだ別に。・・・みたいな。
なんか自民党感じ悪いよねーだったのが、なんか俺たちバカバカしいよねーになってきちゃった。
それでももちろん、ずっとずっと国会前で声を上げ続けてくれた人達がいる。だから今日もこうして集まれる。そこはものすごく感謝しているし、それを無駄にしてはいけないと思っている。
それでもちょっと、気持ちが折れちゃう時が最近増えた。
誰に振っても、それはタブー扱いでスルーされることが増えた。

北朝鮮がーとか、ロシアがーとか、トランプがーとか、ルペンがーとか、そういう話好きな人はけっこう多いんです。
でも自分のところが一番ズタボロだという話をするとあまり乗ってこない。
「んー政治の話はー」ってなんだったんだ今まで無邪気に語ってた話は。
「みんなが幸せで平和なのがいい」ってそれこそが政治でしょー。
あげく「野党がー」とか言い出しちゃう。
アホか。誰かになんとかしてもらわないとみたいな奴隷根性はもういい加減お捨てなさい。
勝つか負けるかじゃなくて、多数派か少数派かじゃなくて、死なない程度に権力に楯突くくらいの気概をせめてポーズだけでもお待ちなさい。
理念や支持政党の話ではなく、権力者がその権力をゴーインに行使しようとした時に、「ちょっと待て」くらいはせめてポーズだけでも言わないと、それはカッコ悪すぎるでしょ大人として。

意見を言う、ということが躊躇されるようになってきた。で、こっちもめんどくさいからいちいちしなくなっちゃった。
これが多分、第一歩に繋がる、もしくは既に踏み出している大きな一歩なんだと思う。
僕は既存政党では日本共産党を支持しているけど、もし彼らが衆参で過半数を確保したとしたら、徹底的に監視していっぱい文句言うと思う。
その自信はある、共謀罪さえ適用されなければ。
こっちがかの国を指さして偉そうに「危惧する」なんてほざいてる今、この国はそれ以上に危惧されてるからね。

共謀罪が通ったからって、明日から何かが変わるということは絶対に起きない。
法律が主体的に何かを変わるのでなく、僕ら自身がじわりじわりと変えていくことになるだろう。
で、誰かスケープゴートで共謀罪を1回か2回適用すればいい。そうすれば完全に僕らの日常の身の振り方が変わる。
そうして国が変わる。

友達からメール。
彼女から連絡が入るなんてここ数ヶ月まったくなかったので、ちと驚き、喜びよりも何か起きたかと心配になった。

彼女が同居している猫の訃報だった。
過去に写真も見せてもらったこともあり、いつか会わせてもらおうとおもっていたが、結局その機会を失ったまま月日が流れ、今日に至っている。
決して健康優良児ではなかったということは聞いていたが、連絡を取っていない間の経過を知らなかったこともあり、とても驚き、途方にくれ、そのうろたえた自分にとても驚いた。
わざわざ連絡をくれたことがとてもありがたく、感謝しつつ、会ったこともない猫の死がとても悲しく感じられ、しばらく返信することも出来ずに、ちょっと泣いてしまった。
当事者の思いは当事者にしかわからないものだが、感じることくらいは充分すぎるほど出来る。

バズが逝ってしまった時に、色々と元気づけてくれたこともあり(あの時は本当に色んな人に助けてもらった)、何かラクになる言葉をかけてあげたかったが、「ラクになる」なんてことは不可能だということを経験則で分かってもいたので、結局たいした言葉はかけられなかった。決して先方も気の利いた言葉を期待しているわけでないだろうが、なんだか申し訳なかった。

バズ(犬)がいなくなってから、それまであまり他人に興味を示さなかった(ようにふるまっていた)タミ(猫)がやたらと甘えてくるようになり、布団に入る時以外聞いたことが滅多になかったのに、今では頻繁に喉をゴロゴロ鳴らすようになった。それはとても嬉しいことだけれども、バズの不在を思い知る瞬間でもある。
逆に昔から甘えん坊だった長女のネコ(猫)は、僕に甘えているタミを遠目に見ていることが多くなった。
バズの不在を僕以上に感じているのは彼女たちなのかもしれない。

家族だったり、友だったり、同志だったり、そんな存在を失った時の感覚は、決して忘れ得るものでもなく、いとも簡単にたまねぎを切ったかのような状況を提供してくれるが、それこそが、生きる糧にもなる、かもしれない、とも最近思う。
急ぐ必要はないが、はやく元気になってもらいたい。

ここ数日、けっこう調子が良かったんだけど、実際今朝もよかったんだけど、昼過ぎに突然UTSU。びっくりしたわもう。
とっても人恋しくなったので川越でオリー(仮名・日本人)と呑む。
なんだか弱くて笑っちゃうなぁ。と思ったら元気になってきた。


タミを100年ぶりに風呂に入れた。
案の定、発狂していた。
でもまあ、ちょっとはフケが出なくなっただろうから、よかったでしょう。多分。
そのあとずっと怒ってる感じだけど。

午後、新宿でバッグ買い。
残念ながらキャビンゼロは2軒ほど回ったが結局現物を確認出来ず。ネットに載っている在庫情報が古いものだったみたい。あと1軒、と思いつつもうめんどくせーのであっさりモンベルに決定。金額が倍になってしまうけど、まあしょうがない。デザインも、ちとアレだけどまあいいでしょう。と言いつつもやっぱりバッグフェチとしてはワクワクを隠し切れず、「あ、すぐ使って行きます!」とタグを切ってもらって手持ちの荷物をボンと突っ込み、(多分)ニヤニヤしながら店を出た。

夜はA氏とボデギータ呑み。
先日のライヴで身の程を思い知ったので、今日はスチルカメラを持参して、設定の仕方を一から教わる。マニュアル読んでも何が何だかわからなかったのに、彼の説明を聞いてると、なんだかイケルような気になってきたよ!流石プロ!
その後はもちろんキューバトーク。
グーグルマップを位置をずらしずらし20回以上プリントアウトし、セロテープで貼り合わせた力作・特製・特大ハバナ地図をテーブルに広げ、いわゆる観光名所じゃない名所を教えてもらう。
1時間ほど話していると、シローさんが帰ってきた(って言わねえか)のでそのまま参加してもらって更に素敵スポットを教えてもらって地図にカキコカキコ。
こういう時、やっぱり紙の地図が最強なのである。流石俺様。
話が乗ってきたところで『Soy Cuba』のDVDをモニターで流し、「これは、この辺だね!」とロケ地情報。どんどん地図上のマーカーが増えていく。これ全部行けるのか?どれだけ歩くんだ。
基本的に、今回は腰が許す限り歩きたい。タクシーもバスも乗るのは楽しいのだろうけど、ひたすら「なんでもない」道を歩きたいのだ。
あくまで腰が許す限り、なのだが、それよりもっと危険なのがビール。どこまで呑まずにいられるのか。それが今から不安でならない。
なので今日めいっぱい呑んでおく。
ちなみにお店では別口でスペイン語講座?が行われていて、けっこう我々(&DVD)が騒がしくて迷惑をかけていたように(今頃になって)思う。今更ですけどすみませんでした。
22時解散。
メルシー、デザミ。

環境変われば変わるのかな、と思ったけど、やっぱり実家でも朝は非常に悪い、陰鬱な気分に襲われて目覚めた。こりゃもうどうしようもないね。
結局布団から這い出たのは昼すぎ。朝食をいただき、14時頃家を出た。
今日は川越でKの作品展示会。
挨拶して、すわ~っと観て、帰りはのんびり川越観光していくはらづもりだったけれど、他のお客さんがいなくなったのをいいことに、どっかり腰をすえて長居させてもらった。
そのあと街に呑みに行ってあれこれと話をきいてもらった。
Kにしてはめずらしく、ちょっと感情を表に出して、僕の憤った状況に怒ってくれた。
「そりゃ自分が傷つきたくないだけなんだよ。アタマくる。」
状況ってものは、見る側によってまったく違う様相を見せるので、ちょっと偏った話をしてしまったかなとも思ったけれど、こんなふうに言ってくれるのは心からありがたく、アタマが上がらない思いでもある。
な~んか色んな人に助けられてるなぁオレ。やっぱ幸せなんだと思うわ。

いまいち、はっきりくっきりとした決心がついていなかったのだが、先日『Cu-Bop』(とカントクの話)から受けた刺激を無駄にしたくない、との思いで、ゴーインに今日(正確には多分昨日)決めた。
午後(それでもぐずぐずしてて予定より2時間くらい家を出るのが遅れたが)、青山のトラベル・ボデギータへ。
史郎さんに「これくらいの日程でこんな感じの・・・」と話すと、「よしわかった!」と一気にヒコーキを予約してくれ、あれよあれよと確定してしまった。うわー。
というわけでキューバはハバナに行ってきます。思いっきりフリーで観光してきます。
今年中には必ず、とか思っていた。しかも元々何も関係なくキューバが好きだったはずなのに、あれこれあってなんだかフィルターを通してのキューバになってしまって、しかもなんだか昨今のあれこれがあり、もうどう考えてんのオレ、みたいになっちゃって、なんで行きたいのか、今はただの意地なのかとか余計あれこれ考えて悶々としてしまっていた。
もちろんカンケーないんだけどね。でも一回そういうネガティヴ思考の沼に入りこんじゃうと自分のそもそもの感覚が分かんなくなっちゃうのよね。
だからそういうモヤモヤとかどーでもいーじゃん、って感じられるキッカケを作ってくれた『Cu-Bop』(というかホント、高橋さん)にはマジ感謝なんだよね。グラシアス。

夜、上福岡へ。
駅前のファミリーレストランで(僕、朝食だったので)つぐおみとビール&トーク。
思い出話や音楽話、はては昨今のゆがんだ社会の話。尽きない。
19時から始めて、終わったのは0時だった。
また行こう。

深夜、実家へ。
母親もまだ起きていた。もうすぐ寝ようと思っていたけど、「あら、ビール切らしちゃってるのよねー」とクルマで買って来てくれた。「いやいや、あ、じゃ、ありがと」となんとなくしっかり断らずに甘えてしまうのは末っ子だからです。
旅行話やコイバナ、そして父親のはじけた若かりし頃の裏話。そろそろ疲れてきた。
0時から始めて、終わったのは4時だった。
もう寝よう。