愛の巣。心なしかハート型に見える。

うちのマンションの玄関に、鳥が巣を作った。
当然、巣の真下は親鳥の糞で白と黒の斑模様が出来る。管理人がこりゃイカンと思ったのか、一旦綺麗に掃除をしてから荷造り用の綿テープを貼り付け、汚れても掃除の必要がないようにと万全の態勢を整え、精神衛生上にもまったく支障のない状態で数日が過ぎた。その間、僕等住民は玄関を通り抜ける度に上を見上げ、親鳥が僕等の角度からは決して目にすることのない卵を暖めるのを数秒見つめ、ほんの少し嬉しい気持ちになって通り過ぎると言う日々を過ごした。
しかしある日の晩、いつものように上を見上げるつもりで玄関に入ると、そこには巣の跡だけがかすかに残り、床に置かれた脚立の上のバケツに、彼等のスイート・ホームが転がっていた。親鳥の姿はもう既に、ない。
心無い奴が払いのけたのか、そして僅かな良心の呵責に苛まれ、捨てることも出来ずに元々巣があった場所の近くに置いているのか、こんなことをするのはそりゃ管理会社に違いない、と僕は憤慨していたが、アコに言わせるとこれは自然に落ちてしまったものだと言う。卵が床に転がっている巣の中にあったところで、親鳥が暖められるはずもなく、きっと気付いた誰かが再び人間の目に見えない位置までその巣を戻してやったのだろう、と。落ち着いて考えてみればなるほど、ソッチの方がすんなり合点のいく話だ。僕が勝手に不貞腐れているだけの話で、実はこれ、なかなかの美談だったのである。
ところが恐る恐る巣の中を覗いてみると、どうみてもこの半熟卵、孵りそうもない。恐らく既に死んでいるようだ。何ともやり切れない。あとちょっとのところだったのに。しかもこれが、捨てるに捨てられないのだ。何故かと言うと、親鳥がここ数日また我がマンションに出入りしているからだ。脚立の上のバケツに泊まり、静かに我が子を見つめている。さてこれはどうしたものか。他の住民と話したわけではないが、皆困っていることだろう。あの表情(何を考えているのか、分かるはずもないが)を見たら、さっさと片付けてしまおうとは、そりゃ思えない。
更に二、三日が過ぎ、ふと玄関に入って上を見上げて驚いた。あの巣の10cmほど横に、以前あったそれよりもより強固な作りの新しい巣が建設中だったのだ。今親鳥は、新居とバケツと両方に立ち寄り、腰掛け、そして働きに出る。ちょっとやそっとでへこたれない精神力、親ってすごい。
今再び、名もなき家賃滞納者が毎朝夕一回ずつ、僕等の心をほんの少し和ませてくれている。
こうなると見ている方も勝手なもんで、「さっさと管理人その脚立片付けろよ」なんて思ってしまうのだから我ながらなんとも悲しくさせられる。

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