最近読書ペースが落ちてきている。でも多分これが正常なんだと思う。本がなくても落着いているので。



そんなわけで2月に読んだ本ざっと。まずはピーター・バラカン。う〜んなんだか困っちゃう本である。言っていることは大いに頷けるけれども、それを言っちゃあ何も進まないよな、とも思う。まあ正しい発音をしましょうはその通りなんだけど、そこまで範囲を広げちゃうともう収拾がつかない、というかカタカナ絶滅運動ということですか、という話になるような気がしてちと怖い。お金を「マネー」なんて発音しても通じませんよってのは経験から言ってもそりゃそうだと思うけど、そもそも語学にはある程度の工夫が必要であって、そのコツを掴んでいる人であるならば、それなりにガイジンマンと会話をしようという時は自然にちょっとくだけた発音を使うことに何の抵抗もないと思う。だから改めて「マニ」と言われても、むしろ戸惑う人のほうが多いんじゃなかろうか。ダメなカタカナ表記の言葉を探すより、カタカナをそのまま英語として当てはめて通用する言葉を探した方が早いはずだ。最初の章の、英語の発音のルールに関する話は大変タメになったけれども、ニッポンである程度流通してしまっているカタカナ語にまでその指摘が及んでしまうと、だんだんシラけてきてしまった。
「ホテルのフロント(front)は「フラント」である。ケーキ(cake)は「ケイク」であってそれを焼くオーヴン(oven)はアヴンである。」
正しくはどうあるべきなのか、という議論は勿論必要なのかもしれない。しかしこれらはもう既にニホン語である。海外の、西洋の文化を取り入れようとしてそれをどう表現するかという段になった時、だったらそのまま名前使っちゃえよ、そもそもウチにはなかったものなんだから、という発想でカタカナ語はその勢力をどんどん伸ばしていったのだ。だからこれ等の例に関してはどうしようもない事情があるんだと思う。
まあ言ってることはホントに分かってるつもり。だからマジで英語話せるようになろうって思ってる人はまずはローマ字読みを忘れろよってことね。そこね。だからローマ字読みから発していることが多いカタカナ表記をそのまんま英語だって思うなよってことね。そこね。だからそもそもの表記が問題なんじゃないわけよね。こう書いた場合、日本語として使うならこう読めばいい。でもこう書いた場合でも、英語として使うのならああ読まなきゃダメなのよってこと。
反省すべきは感情や状態を表す言葉たちだ。タイトなんて言わずにぴったりと言えばいい。アバウトなんて言わずに大体と言えばいい。むやみやたらにカタカナ語を増やさない、それに尽きるな。いざ真面目に英語を話そうとした時に痛感するものだ。日本語で、つまり母国語できっちりと細かく的確に表現出来ない言葉は、かじった程度の外国語ではいよいよ絶対に表現出来ない。これは僕程度の国語力と英語力の持ち主だったらきっと分かってくれるんじゃないかな、と思う。
・・・しかしやっぱり色々考えさせられるねこの本は。単純な教則本に終わらない。そこが流石なところなのかもしれないけれども。
あ、それから、グラハム・パーカーをグレアム・パーカーに代えるのはOK。でもポール・マッカートニーをポール・ムカートニに代えるのはムリ。絶対ムリ。ピーター・バラカンをピータ・バラカンに代えるのは・・・う〜ん。そりゃ本人次第なんだけど、う〜ん、ダメですか?このままじゃ。
参考URL(てかそのもの)http://www.nhk-book.co.jp/gogaku/monkey/
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以下、英語の発音で思い出したこと。
いつだったか、どこかのサイトで「現地ではグラストンバリーが正しい。グラストンベリーなんて言ってるのはニホン人だけだ」なんていう文章を読んだ。これまた微妙な話である。2001年だったか、(かのフェスティヴァルを観に行くことになり)そもそも「uはア」と思っていた僕は「バリーでいいんだよね?」とイングランドの英語学校でセンセイにクエスチョンしてみた。そしたらティーチャーの返事はNo。「惑わされちゃダメよ。GlastonburyはグラストンベリーでSainsburyはセンズベリー!これは”e”の発音なの!なんでかって?だってそうなんだからしょうがないじゃない!」と一蹴されたことがある。このフランというオランダ出身のティーチャーが訛っているという可能性は否定出来ないけれども、生粋のイングランド人である、旦那のピータ(ー)の「フランの発音はオレのよりもキレイだ。よりイギリス人っぽいよ(笑)」というコメントも忘れちゃいけない。
だけど多分これって、結局カタカナで書いちゃうから誤解が生じるのだ。冒頭の文章を書いた人も、フランに教わった後の僕も、話してみるとそんなに大差ない「bury」の発音をしているように思う。ともにジャパニングリッシュな感じで。どっちにしろ通じるし。音楽話をしている時に、グラストンびいーといえば、ほぼ100%、先方はGlastonburyのことだと理解してくれるだろう。
もう一つ思い出したこと。正しいカタカナ表記をしよう!といって色々いじくると、とんでもないところまでいじくられちゃうんじゃないかと不安になることもある。憲法9条に絡む改憲論みたいなもんで。最近、日本の映画で「ハルフウェイ」という作品が公開された。タイトルを見てもしやと思い検索してみた。そしたら案の定「Half Way」である。これ、正しいのかサッコンのニッポンでは?ピーターさんの本でもこの単語は登場してこなかったので確認出来ない!しかし!ハルフはヘンだろ絶対!・・・と一人で熱くなっていた次第。で結局コレ、主演の女の子が間違えて読んだ(多分英語1だったんでしょう)のをスタッフが面白がってそのままタイトルにしちゃったんだって。でもそれって罪深いと思うわぁ。まあかわいいから許すって話なんだろうけど。こうやって日本語も英語もどんどん化けていくわけですよ。
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で、まあ佐高信の本を読んで、やっぱ金持ちの家に生まれないとなぁ〜と残念に思い、初めての宮部みゆきの本を読んで、世の流行を全て理解したような気になった2月でしたってこと。