確かに面白かった。宮崎あおいも良かった。演出の上手さってやっぱりあると思うし、こういうべきところでああいっちゃう、という予定調和の崩し方は上手だなとは思う。佐藤浩市のキャラクターにも観客が感情移入しそうになるところでドンと落として距離を保たせる。常に他人事として楽しませる。このあたりの徹底度は見事だなとは思う。
でもどうして設定には拘らないんだろう。あまりに大味すぎる。そもそもの物語の(勘違いの)とっかかり自体が軽すぎる。mixiに動画があってオフィシャルサイトもある。メンバーに連絡とってそのまま契約・・・そんな「メジャーレーベル」があるのか?いやそれ言っちゃったらつまんないよシラけたこと言うなよ、と皆さん自重しておられるのだろうが、そこを突っ込んで描けないから所詮出演者の妙で稼ぐ映画で終わっちゃうのだ。「なんでこんなこと起きちゃうの?」と来て「それはね・・・」「更にね・・・」「その裏にね・・・」って突っ込んで突っ込んで突っ込んだからこそ、タランティーノやガイ・リッチーは世界で一番偉いカントク(の一人・たち)になれたんだと思う。軽いことを更に軽く表現するのでなく、とことん重いものをいかに軽く魅せるかが、腕の見せ所になってほしい。クドカン作品に初めてマトモも触れて、大変面白いことの出来る人なんだな、とは思ったんだけれども、そのマニアックな瞬発力やアメーバーのように広がる増殖力を、もっとゆっくりじっくり深〜く細か〜く練り上げていってくれないと、やっぱ一過性のバブルなマルチタレントで終わっちゃう気がする。
本人、何かの映像で「代表作になればいいと思う」なんてことを言ってたけど、そんな志の低いことを言わないでもらいたい。若々しい名声の賞味期限が切れる前に、本当の勝負に出てもらいたい。
あー。日本映画に対する私の不信感はここらへんにあるのかしら。
とことん突き詰める時間がない日本という国。いつでもせかされて新しいこを求められてる気がします。後は教育かな。己を知るという作業がないですよね。受身。
突き詰めることが出来ないのでなく、突き詰めることを快しとしない、というか、かっこ悪いと投げ出しちゃっている感じがします。
如何にびっくりドッカーンっと爆発させるか、という方にしか関心が向かないのでしょう。憂うべき問題だと思います。自戒も込めて。
あ。お返事ありがとうございます。色々読まさせていただいて、ふと「そうだったのか!」と思って無意識(じゃないか)にコメントしてしまっていました。快しとしない、ですか。それは考えたことなかった。そういう文化なのかしら?言葉はいらない、心で感じろっていう?日本特有の良い文化だと思いますが、映像になると薄っぺらくなるとか?再度、意味不明なコメントすみません。
あ、いやいやそういう意味ではなくって。
物語や設定の細部を突き詰めることをハナっから放棄しちゃってる制作陣、ということです。きっちり練り上げたものでなく、パっと目を惹く作品に価値を覚えてしまっているのかな、と。